川口 洋平(17)
小学 6 年生の約 6 人に1人が中学受験をしている。四谷大塚によると首都圏では、中学受験者数5年連続増加、 2007 年には中学受験率は 16.9 %となり、過去最高の 5 万 2 千人が中学受験に挑んだという。
確かに、公立校のゆとり教育に危機感を持ち私立中高一貫校が魅力的に見えるのも無理はない。今日も、子どもたちは志望校に合格するために連日夜遅くまで学習塾に通う。
都内大手学習塾講師によると、多くの生徒は普段 12 時頃に就寝し、試験前になると午前 3 時に就寝している生徒もいるという。
夜遅くまで学校でやるような勉強を、学習塾でしていても、小学生は学校には行かなくてはいけない。栄光ゼミナールに通う 6 年生の女の子は「塾に通い始めてから、毎日学校に遅刻するようになった」といい、同じく 6 年生の男の子は「学校の授業中死んでいる ( ように寝ている ) 」という。
遅くまで勉強している子どもに対して、親はどのように考えているのだろうか。
インタビューをしたところ「夜遅くまで起きていても、勉強しているのであれば文句を言われない」という子どもが多数だった。なかには、夜遅くまで勉強を強いる親もいるという。
一方で、勉強していることだけが夜更かしの原因ではないようだ。塾から帰宅してテレビの深夜番組を見ている子ども、テレビゲームをしている子どももいた。
夜更かしは小学生にどんな影響があるのだろうか。
富山大学大学院の関根道和准教授によると、夜寝ると寝てから 3 ~ 4 時間の間に脳下垂体から成長ホルモンが分泌され、その成長ホルモンはタンパク質を合成して成長発達の時には筋肉や骨格をつくるという。つまり「寝る子は育つ」ということだ。
また、睡眠には脂肪を分解するという効果があるため、肥満防止にも役立っているという。富山大学の調査では 11 時間以上寝ていた 3 歳児はその後も肥満になる率は普通程度であったが、睡眠時間が短い子どもは数年後に肥満になる率が他より高く「寝ぬ子は太る」という。
小児肥満の危険性もこう指摘する。成長期には変化に対する適応能力が高いため太りにくいが、この時期に肥満になると 40 ? 50 代になってから、動脈硬化や糖尿病、脳卒中などの生活習慣病にかかりやすくなるという。
とはいうもののなかなか十分な睡眠時間をとりにくいのが現状だ。そうすると短時間でできるだけ質の良い睡眠をとることが必要になってくる。関根助教授によると、質の良い睡眠をとるには主に以下のようなことに気をつける必要があるという。
・就寝 3 ~ 4 時間前には、交感神経を刺激するカフェイン入りの飲み物(コーヒー、栄養ドリンク、茶など)をとらない。
・全身が疲労すると嫌なことを忘れることができ、精神が休まって眠りやすくなるので、昼間外で運動して体を疲れさせる。
・人間は体温が下がる過程で眠くなるため、風呂に入り全身を温めてから寝ると寝付きやすい。
・日の光にあたらないと 24 時間の生体リズムが崩れて夜更かししても平気になったり、朝起きられなくなったりするため、 1 日 1 回は外に出て日光を浴びる。夜は反対に暗くなると眠気を誘うメラトニンが分泌されるので強い光を浴びない。
・頭に血が上ると交感神経が刺激され、快眠を妨げるので心臓より高い位置に頭を置く
睡眠時間には個人差があるので絶対的な基準はないが、朝起きられない、やる気が出ないなどの自覚症状が出るようではまずいだろう。睡眠時間を削るにしても、少しでも質の良い睡眠をとるように努力するなど、睡眠の重要さを理解し意識を高めていくことが必要だ。
6 人に1人が受験するという大規模な中学受験戦争。良い学校に合格させるために、少しでも多くの勉強をさせようとする親の気持ちも分からなくはない。頭のよい子を多く入れて進学実績を高めたいという学校の思惑も理解できる。
しかし、小学生の幼い体には無理がきている。夜遅くまで受験勉強をするために、学習塾に通わなくても合格できる入試制度を取り入れるなどの対策をとってもいいのではないだろうか。
2006 年 9 月 27 日に栄光ゼミナール用賀校で受験勉強をしている小学6年生に取材した。ある女の子の場合は「早く寝なさい、と母親に言われるが、遅くて 10 時までは勉強している」。それに対して男の子の場合「もっと勉強しなさい」と親に言われる、というのが多いようだ。生活に支障はないのか。「学校でたまに眠たくなる」「眠くはならなくても、ぼーっとするときがある」。また、某塾講師は「テスト前だと夜中3時まで勉強している子もいる。テスト前でなくても夜中1時まで起きている小学生もいる」と話す。実際に私の弟も塾が終わるのが 9 時半すぎで、その後に夕食を食べ、学校の宿題や塾の復習をしていると寝るのは 12 時をすぎることがほとんどだ。
2007 年 1 月 28 日に富山大学の関根道和准教授に睡眠時間について取材した。 Benesse 教育研究開発センターが 2006 年4月に実施したアンケートによると、小学校高学年の寝る時間は 9 時間が 45 %( http://benesse.jp/blog/20060425/p3.html )。関根准教授は「個人差はあるものの、小中学生の睡眠時間は7時間~9時間ぐらいがよい」と話す。そして「“寝る子は育つ”というのは科学的にも正しい。筋肉や骨格を作る、成長に必要な成長ホルモンは寝始めてから3~4時間の間に脳下垂体から分泌される」と続けた。また、寝不足によって血糖値や血圧が上がったり、肥満体質になりやすくなるそうだ。関根准教授は「休みの日ぐらいはゆっくり寝た方が良い」と話す。私が小学生のころの休みの日は、朝早くから遊びに行ったりしていたため、それだけ最近の子どもたちの睡眠時間は少ないのだろう。
必ずしも寝れば成長するというわけではないが、睡眠時間を充分にとることは成長する上で1つの重要なプロセスなのだ。
しかし、受験に合格することも大切であり、それにはたくさんの勉強時間が必要だ。では、短時間で質のよい睡眠時間を得るにはどうすればいいのか。関根准教授は「交感神経を刺激するカフェインを含むものを、寝る3~4時間前にとらないこと」や「ほどよく運動をして体を疲れさせる」「入浴するなどして体温をあげる」「日光に当たって 24 時間のリズムを体で感じること」などの方法があると話した。
栄光ゼミナール用賀校の教師は「昔はよく“三当五落”と言って3時間の睡眠時間をとれば合格するが5時間も寝たら受験に落ちる、といわれていた。でも本当はそんなことはなく、要領よく勉強して睡眠も最低限必要」と話していた。
眠くたくて、ぼーっとした状態で長時間勉強するよりも、睡眠時間を最低限とり、勉強に集中できる状態で要領よく勉強することの方がずっと効率的ではないだろうか。ただ、そうは分かっていても睡眠時間が十分にとれないのが現実だろう。少しでも関根准教授のいう「質の良い睡眠」を心がければ、なにかが変わるのではないかと思う。