記者:曽木 颯太朗(13歳)
日本では国歌「君が代」が今大きな問題を起こしている。学校の卒業式などで「君が代」を斉唱するとき、一部の先生たちが、「君が代」を歌うことに反発して起立しようとしなかった。それに対し、各地の教育委員会が処分を始めたのがきっかけとなって、騒ぎが広がっている。
東京都教育委員会によれば、平成16年度卒業式で53名の先生が起立しなかったそうだ。そしてその先生たちは処分された。なぜ先生たちは処分されたのか。
その前にまず、なぜ「君が代」を歌うことに反対する人がいるのか。早稲田大学社会科学部の西原博史教授(憲法学)によると「反対の人々の多くは、『君が代』は天皇を讃える曲であり、それを歌うことは国民主権を定める憲法に反する」と主張しているそうだ。
僕たちはある公立小学校の先生にインタビューした。先生は「君が代」を歌うことについて、教育委員会から正当な理由が示されていないことに抵抗を感じると述べた。「君が代」を歌わない生徒がいたらどうするか、という質問に対しては「まず生徒に歌わない理由を聞き、それが正当ならば歌わないことを認める」と答えた。「君が代」を歌わない先生が次々と処分されていることについては、「教育の危機だ」と述べたうえで、「生徒には自分の意見を持つように指導しているのに先生は自分の意見を持てない。自分の意見を持たなければならないと思っている」と答えた。
6月9日に東京都教育委員会(教育庁)指導部主任指導主事の金子一彦氏に取材した。教育委員会では入学式や卒業式、それに開校・閉校式や校舎落成式、周年行事などで国歌を歌うよう指導しているそうだ。なぜ歌うかといえば、それは文部科学省の定めた「学習指導要領」で指導することになっているからだという。国歌を歌う狙いについては「自国の国歌・国旗を尊重するとともに、他国の国歌・国旗を尊重する態度を育てるため」と述べた。国歌を歌うことは、「国際社会に生きる日本人の育成」のために必要だとも答えた。
焦点の「歌わなかった先生の処分の必要性」については、「先生は公務員であるから上司(校長)の命令(職務命令)に従う義務がある。それに違反すれば処分するのは当然であり、法律違反でもある」と述べた。生徒が歌わなかった場合については「生徒が起立しなかったからといって処分したことはない。大事なのはその先生の指導のしかたである。もし先生が『国歌斉唱時に歌わなくてもよい』と指導したらそれは問題になる」と述べ、生徒が起立しなかったことだけでは処分はしないこと、生徒に国歌を歌うよう指導することが必要であって強制するものではないことを明確にした。
6月19日には神奈川県教育委員会(教育局)にも取材を行った。子ども支援課長の神原聡氏、課長代理の志摩尚平氏、主幹兼指導主事の笠原陽子さんの三人に答えていただいた。神奈川県教育委員会では基本的に入学式と卒業式の2つの行事で国歌を歌うよう指導しているそうだ。国歌を学校で歌う狙いについては東京都とだいたい同じで、世界の国々とお互い尊重し合う気持ちを持ってもらうためだという。また公立学校に行っている生徒は国の方針に従わなければならないのかという問いに対しては「先生が指導したうえで歌いたくない生徒がいてもそれがいけないとは思わない。どう判断するかは一人一人の問題である」としながらも「生徒には世界共通のマナーとして歌ってほしい」と言っていた。また生徒に強制するつもりはなく、あくまで教育として先生たちが教えることであると述べた。
早稲田大学の西原教授によれば、東京では国歌斉唱時に起立する生徒が多いが、天皇主権下で抑圧されてきた被差別部落出身者や在日韓国・朝鮮人の多いところでは「君が代」を歌うことに抵抗を感じる生徒が多いそうだ。「君が代」を歌うことは強制されるものではない、自分で判断することが重要だと教授は答えた。
西原教授はもう一つの問題を指摘した。それは先生と生徒の間に温度差があることである。今の教育に1940年代に日本が内外でやったことを封じ込める力があると考えている先生たちがいて、そういう中で「君が代」だけを歌わせることに抵抗を感じている先生がいるのだそうだ。教授としては、先生が処分されているのだから、生徒はもっとこの問題に関心を持ってほしいと語った。
実際、井の頭線「駒場東大駅」前で実施した街頭取材では、集まった人たちの半分ぐらいは「君が代」を歌うことについて「どうでもよい」と思っているという意見であった。
まずはここから直していかなければならないだろう。
国歌「君が代」
記者:三崎令雄(13歳)
最近、入学式や卒業式の国歌斉唱時に起立せず、処分される教師が増えている。不起立の理由には国歌「君が代」を歌うことを強制されていると感じたからというものがある。街頭取材をしたときの公立中学校の生徒の中には「強制は良くない」という声があったし、国際学校の生徒には「在日朝鮮人なので日本の天皇をたたえる『君が代』は歌わないし、そういう人がいるのに歌うことを強制するのはおかしい」という意見もあった。教師の中には強制すると愛国心は逆に冷めていくという声もあるが、そもそも、国歌を歌うことは強制されているのだろうか。
東京都教育庁指導部の金子一彦氏、神奈川県教育委員会教育局子ども支援課の神原聡氏にインタビューした。両氏とも「強制したつもりはない、教師は生徒に指導しているだけ」と言った。また、国歌はどの国にも必ずあるし、「相手の国を尊重するには自分の国を尊重できなければならない」という。
早稲田大学教授の西原博史氏(憲法学)は、「自分にとっての日本が『君が代』の歌で象徴されているような国だと思っている人たちは歌えばいいし、『君が代』が自分の祖国の歌ではないと思う人は歌わなければいい。学校で歌いたい人たちが歌うという場を作ることはいいが、その場面でみんなが歌わなければいけないという形での力が加わってくると、ちょっと違うなと思う」と述べている。
教師を罰する必要については、金子氏も神原氏も「教師は公務員であり、職務命令に従わなければならない義務がある。それに従わなければ、職務命令違反で処分されるのは当然である」と答えたが、ある公立小学校の教師は先生が処分されることについて「教育の危機」と言った。
生徒や教師の中には実際、強制を感じている人もいる。歌うことは大切という人もいれば、別に歌わなくていいという人もいる。伝統が大切という人がいれば、歌詞の内容が問題と言う人もいる。人にはそれぞれいろんな立場があり、その立場によって感じることは違う。しかし、立場の違いなどを考えずに一方的なことをしていると意見がかみ合わず問題になってくる。大切なのはお互いの立場にたって物事を考えることだろう。神原氏も教育委員会は話し合って一番いい方向は何かということを探していく姿勢で臨んでいると言っていた。話し合いによって教育の中にどう国歌を位置づけるべきかを探し出し、質の高い教育を目指すべきではないだろうか。