本をつくる、売る、届ける仕事
記者:邊愛 Pyong Sarang (17)
新潮文庫の本を手に取ったことはありますか。新潮文庫の魅力は、何といっても創刊110周年の歴史に裏付けられた製本技術と、読み手に寄り添った工夫にあると思います。<前編>では「新潮文庫の100冊」の選書方法や、名作と呼ばれる作品、製本へのこだわりについて、<後編>では作品作りと編集者という仕事について、株式会社新潮社の文庫出版部・新潮文庫編集部編集長の大島有美子さんに詳しく語っていただきました。
ベストセラーだけじゃない!「新潮文庫の100冊」の選書過程
普段本を読む人であれば、夏の風物詩といえば「新潮文庫の100冊」を思い浮かべる人もいるのではないでしょうか。毎年7月から8月までの2ヶ月をかけて全国の書店で行われる「新潮文庫の100冊」キャンペーン。私(記者)も毎年この100冊フェアを心待ちにする一人で、この100冊がどう選ばれているのだろうとずっと疑問でした。「新潮文庫の100冊」は、毎年、文庫編集部・営業部・プロモーション部の三部署から選ばれた社員で「100冊チーム」を結成、またチーム外の社員アンケートも行って本を選別していきます。前年の12月末に第一回目の会議を行い、たくさんの話合いを重ねていくということでした。
まず最初に、営業部がこれまでの売れ行きを参考に本を選びます。そして、100冊チームが定番の本をいくつか入れていきます。また、毎年の100冊セットがマンネリにならないよう、ニューフェイスを10冊ほど選んでいきます。大島さんは「基本的に売上は重視されますが、売り上げがまだ立っていない本でも、100冊に入れることで多くの人に読んでもらうようになるんじゃないか、と期待を込めて選ぶ本もあります」と詳しく教えてくださいました。ちなみに「新潮文庫の100冊」は全国の各書店の大きな売り上げを占めるため、長い間時間をかけて100冊を選ぶことに、大きな責任を感じているということでした。
再ブームの有吉佐和子さん
2024年、新しく100冊に入選した本は、昭和のベストセラーである有吉佐和子さんの「恍惚の人」です。恍惚の人は1972年に出版された介護に初めて着目した小説で、この作品が今再ブームを迎えているそうです。またその他にも、映画監督であり、俳優でもある伊丹十三さんが残した「ヨーロッパ退屈日記」というエッセイが今年の100冊に入選されました。伊丹十三さんは、二十、三十代の人たちから「こんな格好いい人がいたんだ」と再評価を受けているといいます。100冊を選書する際には、こうした社会問題への関心や時代の流れも加味するのだと大島さんは教えてくれました。
「名作」とは?
さて、読者のみなさんは夏目漱石の「こころ」や太宰治の「人間失格」を手に取ったことはありますか。私はこの本を初めて読んだとき、古風な言い回しに少し読みづらさを感じながらも、名作と呼ばれ続けているのに不思議な納得感がありました。この2冊を含む所謂「名作」と呼ばれる7つの作品*が、100冊フェアが始まってからの48年間、一度も落選することなく選び続けられています。これらはなぜ「名作」と呼ばれるのでしょうか。また、これらの本が100冊から消える可能性は今後あるのでしょうか。
*7つの作品: 夏目漱石の「こころ」、太宰治の「人間失格」、井伏鱒二の「黒い雨」、ドストエフスキーの「罪と罰」、カフカの「変身」、カミュの「異邦人」、ヘミングウェイの「老人と海」
「それは、正直まだわかりません。井伏鱒二の『黒い雨』は100冊から外そうと議論した年もありました。作家が亡くなった後、作品が読まれ続けるかは難しいところです。実は亡くなった後も読まれ続ける作家の方が少ないのが現状です。それでも、夏目漱石や太宰治などこれらが名作として残っているのは、読者が自分のなかで読んで終わりにしてしまうのではなく、『面白かったよ』とか『衝撃受けたよ』とか、誰かに伝えたくなるような力を持っているからなのかなと。なので、名作と呼ばれる作品を100冊から外すのは、作品を後世に伝えていくラインを切ってしまうことに繋がり、責任重大なことなんです。将来的に太宰や漱石、三島が50年後も読まれているかどうかはわかりません。何が残るかは正直予測はつかないんです」(大島さん)。
新潮文庫の100冊フェアはセールスとしての役割と同時に作品の生命線を保ちながら、読書のバトンを後世につないでいく役割も担っているのです。今ブームの作品も、いつか100冊に入って「名作」になっていくのかもしれません。
読みやすさへのこだわり
新潮文庫では、物理的な面や見た目にも工夫を凝らしていて、たとえば新潮文庫の文字の大きさは、創刊当初8ポイント(文字の大きさのこと)だったものを読者が読みやすいように改良を重ねた結果、今の9.25ポイントという数字に落ち着いたのだそうです。「時代小説などは年配の読者でも読みやすいように10ポイントに設定するなど、ターゲットとする読者によって臨機応変に対応している」と大島さんが説明してくれました。紙にもこだわりがあり、読み手の目が疲れないように、黒い活字とマッチする少し赤みのある「新潮文庫用紙」という紙を使用しています。紙は製造過程でローラーを締めて紙の厚みを抑えることで、他社の文庫に比べて薄く、こしが強いめくりやすい紙を実現しているそうです。
取材後記: 私は、去年の12月から記者としていくつか取材を経験し、毎回頭を捻らせながら記事を書いています。学生時代は自分の「アイデアの倉庫」に、少しずつ好きなことや得意なことを蓄えていく。自分にしかできない唯一無二の個性を磨いていく大切さを今回の取材で学びました。
書店に新しい本を探しに行くと、いつの間にか新潮文庫のコーナーに足を運んでいるくらいに、私は新潮文庫が大好きです。今回取材させてもらえたこと、貴重なお話をたくさんお聞きできたこと、まるで夢のようで今も嬉しい気持ちでいっぱいです。大島さんをはじめ、取材にご協力いただいた皆様に心から感謝申し上げます。
自己紹介: マイペースな高校2年生です。取材も記事もまだまだ稚拙ですが、取材活動を通して少しずつ記者として、人として成長していきたいと思っています。