記者:藤原沙来(17)

 2007年5月10日正午から運用が開始された『こうのとりのゆりかご』。この本来の姿を把握している人はどれほどいるだろうか。「こうのとりのゆりかご=赤ちゃんポスト=気軽に子どもを捨てられる施設」となってしまっているように感じる。現代になぜ、このような施設を設置しようとしたのか、その理由について慈恵病院 蓮田太二理事長に取材した。

 慈恵病院は、2006年12月15日、熊本市に『こうのとりのゆりかご』の設置申請を提出、2007年に4月5日に許可された。現在、人目につきにくい病院の外壁に設けられた開閉できる扉(縦45センチ、横65センチ)のなかに、36度に温度管理された保育器が置かれている。赤ちゃんが入れられると、センサーが感知し院内にブザーで知らせ、医療従事者が駆けつける仕組みだ。対象年齢は2週間以内の子どもという条件があり、新生児への命名は熊本市長が行うとされる。母親が名乗り出た場合、自ら育てるか、もしくは、母親の生活状況や精神状態などを十分考慮し、親権放棄あるいは親権剥奪後、里親か養親に引き取ってもらう。 名乗り出ない場合は、警察や市役所などと連絡を取った上で裁判所の判断にて児童相談所など、施設に引き渡すという。

 「熊本県内で赤ちゃんが捨てられる事件が立て続けに起こり、助けられる命は助けたいというのが設置理由」だと言う。慈恵病院は設置以前から、小中高など多くの場所で積極的に命の大切さを訴える運動を行ってきたが、「最近、親が子どもを殺し、子どもが親を殺すといった事件が増え、今後、赤ちゃんを捨てる事件も増えてしまうのではないかと危惧している」のも設置理由のひとつである。

 蓮田理事長は一連の報道で命の大切さを訴える機運が高まることはよいが、「『赤ちゃんポスト』と呼ぶのをやめて欲しい」と訴える。このネーミングのせいで、“何か事情があった場合、子どもを捨てることができる場所”といった本来とは異なる趣旨が広まったことに困惑していた。「赤ちゃんが捨てられる事件は二度と起きて欲しくない。預けてしまう前に、まず相談してほしい。相談してもらえば、必ず助けになれると思う。『こうのとりのゆりかご』のような施設より、相談できる場所が増えることで赤ちゃんが助かる場合が多いので、今後は、相談できる施設を全国に広めていきたい」と語った。

 私たちは、東京都済生会中央病院附属乳児院 大庭尚子看護師長にも取材をした。ここには、『こうのとりのゆりかご』の先例となる「捨て子台」が戦後2~3年に渡り設置されていたとされる。「捨て子台」についての資料は残っておらず実態は不明だが、「終戦直後、経済的に子どもを育てられないと困った母親が、病院なら育ててくれるかもしれないと子どもを置き去りにした。病院もかわいそうだと思い設置することにしたのでは」と言う。

 「現在、乳児院に預けられる子どもの大半は、母親が病気で子育てが十分に行えない場合である。親の顔を知らない「捨て子」は年に1人程度しかいない」。つまり、理由があって子どもを預けているケースが多く、75?80%の子どもたちは自宅に帰ることができるのである。

「捨て子台」を設置していた、東京都済生会中央病院乳児院の大庭看護師長へ取材

 「豊かになった現代にも、捨て子台のような施設を必要としている人はいる。『こうのとりのゆりかご』に入れられるだけ、まだマシだとも考えられる。ただし、『赤ちゃんポスト』という呼び方は、 赤ちゃんをモノのように扱い、生命が軽々しく感じられて良くない」と締めくくった。

 『こうのとりのゆりかご』に預けられたら捨て子同然で可愛そうだという声がある。しかし、『赤ちゃんポスト=子どもを気軽に捨てられる施設』といった本来の意味とかけ離れた捉え方が広がったことがそういった考えを生み出しているのだと感じる。現代社会には必要な施設であり、経済的に子どもを育てることが難しい場合に、『こうのとりのゆりかご』を利用するといったような有効に利用する手立てはある。乳児院に預ける場合よりも深刻な問題を抱えている人は存在する。『こうのとりのゆりかご』が設置された背景とともに、21世紀に設置された意義を考えなければいけない。

 今後は『赤ちゃんポスト』と呼ぶことを止め、『こうのとりのゆりかご』について正確に把握することが必要である。そして、『こうのとりのゆりかご』の社会的使命を全うするにあたって、蓮田理事長が言うように多くの相談所の設置を、ぜひ検討して欲しい。