- ネットいじめ ~情報をどう伝えるかがカギ~
- 期待したい日本の“ネットいじめ”対策
ネットいじめ ~情報をどう伝えるかがカギ~
畔田涼(18)
最近、テレビなどのメディアにも取り上げられる機会が増えたネットいじめ。文部科学省が平成18年に実施した調査結果では、日本の中学生の5.2%、高校生の13.8%が「パソコンや携帯電話等で、誹謗・中傷や嫌なことをされる」と回答したという。ネットいじめや学校裏サイトに関する内容が掲載された書籍も、以前より目に入ることが多くなった。国民のネットいじめへの関心が高まるなか、保護者や教師、当事者である私たちは必要としている情報を得ることができる環境にいるだろうか。
この夏、ネットいじめに関する情報がどのように国民に伝えられているか、日英の専門家や子どもたちにインタビューを行い、両国での状況を概観した。
日本では、文部科学省が平成21年度より先行実施される小中学校の新学習指導要領に「情報教育の充実」に関する事項を明記している。文部科学省の細野蔵氏( 初等中等教育局参事官付情報教育係 )によると「ICT(Information and Communication Technology:情報コミュニケーション技術)の基本的なスキルを教えるだけでなく、ICTには光と影の部分があり、それらを理解した上で適切に活用することの重要性を指導することも情報教育の重要な目的だ」という。
ネットいじめが原因で自殺者がでるといった近年の深刻な現状を受け、文科省では平成21年度から、小中学校の「道徳」の授業において情報モラルに関する指導に配慮することを決定した。また保護者や教師に向けても、リーフレットを作成することで情報を提供している。しかし、予算の関係で配布できるのは教育委員会やPTAが限界で、肝心の子どもたちの手もとに届いていないのが現状だ。
ガイドブックには、ネットいじめの現状や対策などが56ページにわたって書かれている。しかし、私がインタビューした記者でこのガイドブックを知っている人はおらず、英国のチャイルドラインでボランティア活動に参加しているカイアン・マッカー氏でさえも認知していなかった。
一方、英国には私がインタビューした記者20人全員が知っているネットいじめに取り組む組織が存在した。NSPCC( National Society for the Prevention of Cruelty to Children : 全国児童虐待防止協会 )だ。この組織は虐待をはじめ、子どもの様々な問題を扱っている。NSPCCでは、教師や生徒に学校で講義をするなど、学校と連携してネットいじめを含むいじめ問題に取り組んでいる。
日本では、授業でネットいじめ対策を行うのに対して、英国ではNSPCCのような組織が教員たちとは別に活動しており、授業とネットいじめ対策を切り離して考えているようだ。
NSPCCは多くの子どもたちに情報を届けることに成功している。その勝因は、広告の仕方にあるようだ。ベルファストの記者は「皆がネットいじめを知るためには、メディアを使って広告するのが効果的だ」という。実際、NSPCCはテレビや雑誌、Webなどのメディアを使うことで、多くの人に対して相談機関に関する情報など、親や当事者である子どもたちが必要とする多くの情報を提供している。
イギリスで行われている、こうした身近なメディアを使用してネットいじめに関する情報を発信するという方法は、日本でもできる有効な手段だろう。他国に目を向けると、日本にも取り入れられる有効な方法が存在するようだ。
いじめの相談にのってくれる組織は、日本でもいくつも存在している。だが、多くの組織は相談した後の具体的な対応プロセスを提示していないため、多くの若者は「相談してもどうにもならない」と考えてしまうのではないだろうか。対応プロセスを公開し、周知させる必要性があるだろう。
政府や組織が情報を伝えることには、大きな意味があると言える。いじめが根底に存在する“ネットいじめ”を完全になくすことは難しいのかもしれない。この問題を解決するためには、加害者に被害者の気持ちを理解させるような働き掛けや、被害者救済のために解決策を周知させることが必要だろう。それと同時に、親や教師もネットいじめの現状を把握するも必要だ。つまり、問題解決の大切な第一歩は「知る」ということなのだ。
そのためには、政府や組織が当事者である私たちにまで情報を行き届かせようと努めることはもちろん、私たち自身がその情報を得ようとする気持ちを持つことも大切だ。大人が一方的に情報を押し付けるのではなく、大人と子どもが必要な情報を共有することができれば、この問題の解決の糸口は見えてくるだろう。
期待したい日本の“ネットいじめ”対策
平吹萌(17)
日本では“ネットいじめ”という言葉をよく耳にする。学校はもちろんニュースでも取り上げられているからである。“ネットいじめ”は日本の若者だけの問題ではなく、インターネットやメールを使う環境が整っている国ならばどこでも起こりうる問題だ。他の国ではこの問題に政府や行政としてどのように対処しているのか。また子ども達はこの問題に対してどのような意識を持っているのか。チルドレンズエクスプレスの日英記者交流と取材を通して知ることの でき た英国の実態、および日本の現状について報告する。
英国において“ネットいじめ”について取り組んでいる主な機関には、 NSPCC(The National Society for the Prevention of Cruelty to Children : 全国児童虐待防止協会 ) という NPO 団体がある。この団体は、虐待防止を中心とした子どもの問題全般を扱っているが、“ネットいじめ”について学校へ講演に行ったり、ティーン向け雑誌に広告を出したり、テレビ CM を流したりしている。子どもだけではなく両親からの相談にのったり、学校の先生に対処法の指導をしたりもするという。そのため、取材先にいた子どもとスタッフはその団体を知っていたし、信頼もしていた。
また、英政府の DCSF(The Department for Children, School and Families : 児童・学校・家庭省 ) は“ネットいじめ”の対策をまとめたガイドブックを発行している 。内容は 50 数ページにわたり、対策や事例を被害者、教師、保護者向けに書いている。とても素晴らしい内容だが、英国の子どもたちは「知らない」と言っていた。
英国の子どもたちは、もしもネットいじめにあったときには、まず「親や友達に相談する」と言っていて、子どもから相談された親が NSPCC に相談し、 NSPCC がどうしたら よい かのアドバイスをする、という仕組みがきちんと出来ている という 。
では、日本の状況はどうなっているのだろうか?
日本にも学校に講演に来てくれる団体はあるが、誰もが知っていて、自分達を守ってくれるという団体は知らない。文部科学省初等教育局児童生徒課の北中摩耶氏に聞いてみたが、「様々な団体が活動していると聞いているが、 NSPCC のような団体があるとは把握していない」とのことだった。
日本政府も今、“ネットいじめ”の対策に力を入れている。平成 21 年度より一部先行実施される小中学校の新学習指導要領では「情報教育の充実」が図られ、小学校の段階から、各教科等における指導を通じて自然に情報モラルやインターネットなどの活用法を身に付けるための学習活動を充実することが記載されている。文部科学省初等中等教育局参事官付情報教育係の細野蔵さんは「情報教育を充実させることで、コンピューターやインターネットなどの ICT ( Information and Communication Technology: 情報コミュニケーション技術 ) をただ活用するのではなく、 ICT の特性を理解し、自分自身の ICT 活用が他者に与える影響を考えた上で適切に活用することの重要性を伝えたい」と話す。
文部科学省ではこのほかに、教育委員会向けにはネットいじめに関する情報資料を送り、保護者や教員向けにはリーフレットの配布などを行っている。だが、資金の関係でそれを当事者である子どもたちには直接的に届けていないのが現状だと いう 。
日本では“ネットいじめ”対策の拡大が今まさに行われようとしている。教育課程でのきちんとした情報教育の仕組みづくりにより、意識せずに自然に情報モラルなどを身につけることができるようになるのはとても良いことだと思う。なぜなら私はその教育を受けるのが遅かったので、あまりネット問題の深刻さを知らなかったからだ。
リーフレットが子どもに届いていないのは残念なことだと思う。これでは、せっかくの内容も子どもたちには伝わらず、英国の二の舞になってしまう。
さらに、このように全て教育委員会を通して教師へ任せてしまうのでは、教師の負担が大きくなってしまうのではないか。英国では、教師は学校の授業だけを担当し、そのような問題は NSPCC が担当するとはっきり区別している。日本ではどうなのだろうか。
初等中等教育局児童生徒課生徒指導室生徒指導第二係長の坂本義人さんによれば「専門家であるスクールカウンセラーを全国の中学校に配置し、平成 20 年度から小学校にも徐々に広げていっている最中であり、教員の負担も軽減するのではないか」 とのことである 。
保健室などで悩みを相談する児童生徒がとても多いことを考えると、スクールカウンセラーの配置・充実はとても重要だと思う。
いじめ対策で大切なことは、 いじめを防ぐ だけでなく、そのいじめに直面し被害を受けた人の長期的サポートだと思う。だから、事前教育ばかりでなく、その教育を受けられなかった卒業生に対しても対策を練り、その被害者に対する心のケアや長期サポートを行うこと、またこれ以上被害が拡大しないように大人たちが現状を理解するという3点が必要だと思う。
特に、実際に経験していない大人たちには理解しがたい問題であると思うので、大人たちにはとにかく情報を集めて現状を知る努力をした上で、子どもを守ってほしいと強く願う。