記者:曽木颯太朗(12歳)

取材チーム:曽木颯太朗(12)佐藤美里菜(12)三崎友衣奈(12)

 子どもが屋外で遊ぶことは年々少なくなっている。ある調査によると子どもが外で遊ぶ時間は1時間をきったらしい。これは1950年に調査を始めて以来、最低だ。子どもは外で元気に遊び回るものだろう。室内は本当に子どもの遊び場なのだろうか。
 子どもが外で遊ばなくなった一番の原因は『遊ぶ場所がなくなった』からではないだろうか。昔はもっと遊ぶ場所があったが、開発などによって無くなってしまったのではないか。そして今ある公園もホームレスの占拠や遊具の危険性から、親が心配して遊ばせないようにしているのではないか。はじめはそう考えていた。
 しかし、調べてみると昭和40年、50年代には都会の遊び場はいまとあまり変わっていなかったらしい。するとやはり一番の原因は公園のホームレスの占拠なのだろうか。
 なんでも昭和のころは公園にホームレスの陰さえ無かったらしい。またCEで実施した遊び場に関するアンケートでも親の世代は、「公園で遊んでいるとき(ホームレスとの関係を含め)困ったことなどはなかった」と言う答えがほとんどだった。ホームレスが公園を占拠するようになったのは平成に入ってかららしい。
 また公園を管理する役所の側にも問題があるのではないかとも考えた。近頃の風潮から「公園でけがでもされたら責任を問われかねない」と考えた役所が公園のいろいろな決まりを作って遊ぶことを制限している、そのために公園で遊ぶことの面白味が無くなったのではないか。
 そんな問題意識をもって、僕たちは8月29日に都立戸山公園大久保地区(東京都新宿区大久保3丁目)で活動する『戸山公園子供の遊び場を考える会』にインタビューを行った。
 戸山公園は繁華街や職業安定所が近くにあるため、都内で2番目にホームレスが多い公園だ。
そこで「子どもや大人が安心して遊べる公園」を作ろうと地元の有志が1998年に活動をはじめ、以来「子どもの責任で自由に遊ぶ」という精神の下で、安全で快適な遊び場作りに貢献している。地域の商店や学校からの反応も上々だ。このような活動を『冒険遊び場』といい全国に百以上あり、全国組織も存在する。
 この活動で画期的なのは公園管理所がホームレスと子どもたちのすみ分けを行い、子どもたちの遊び場を確保していることだ。また、火の使用も特別に許可し、活動を積極的に支援している。
 その日は雨だった。公園に着くと雨にもかかわらず、活動は行われていた。集まっていた数人の子供たちは仮設のウォータースライダーで楽しそうに滑っていた。しかし、「家と遊び場とどちらが楽しいか」と子供たちに聞いたところ、みんな異口同音に「家」と答えていたのには驚いた。
 インタビューには代表の長谷川久美子さんと副代表の小津真知子さんが応じてくださった。この活動は地元の有志、つまり子供の母親と『プレースタッフ』と呼ばれるボランティア、それに『プレーリーダー』と呼ばれる遊び場のプロを中心に運営されている。
 この活動の成果について、公園で遊ぶ子が増えた、と言う。遊びに来る子どもの数は、多いときには100人、少ないときには数人と安定していないが、そんなことはあまり気にしていないと言う。このような活動を行う上で困ったことは無いか、とたずねたところ、特にないという答えだった。
 そして、遊ぶということはどのようなことか、とたずねると、「各々が興味を持つこと」と答え。「テレビゲームが悪い」ということではなく、大切なのはその人が楽しいと思っているかどうかだという。同じ質問をウォータースライダーの解体を行っていた遊び場のプロである『プレーリーダー』の松田秀太郎さんにたずねてみると、やはり「各々が好きなこと」という答えだった。
 部屋の中でもその人が楽しいと思えば良い。けれどもたまには「外」という大きな遊び場でのびのびと思いっきり遊んでみるのも良いのではないだろうか。そしてそのために行政は、「あれはやってはいけない」などと制限ばかりつくらずに、戸山公園のように民間の団体と協力して子どもの遊び場を積極的に作っていくべきだろう。                                                                                      

子どもの遊び場と遊ぶこと