サステナブルからリジェネラティブへ エシカルの本質
記者:神戸萌々花 Momoka Kambe(20)
近年、環境とつくり手への配慮を掲げた数多くのファッションブランドが設立されている。しかし、本当にすべての商品に行き届いているのだろうか。 そんな疑問を感じ、環境に配慮されたブランドの先駆けでもある、1995年に設立されたピープルツリー(PeopleTree)の広報・啓発担当 鈴木啓美さんに取材した。
チョコレートで「知る」
1995年に環境保護と途上国支援が目的のビジネスの実践と普及を目指して設立された*フェアトレードカンパニー株式会社に「ピープルツリー」というブランドがある。日本ではチョコレートやオーガニックコットンを使った衣類で知られている。
「『ピープルツリー』は環境問題と人権問題のことを知ってもらおうという、勉強サークルから始まりました。ものを作ったり、売ったりをしようと思っていたわけではなく、最初は啓発のためのニュースレターで情報発信などをしていました」と鈴木さんは語った。
*フェアトレードカンパニー株式会社: 英国ロンドン出身のサフィア・ミニーとジェームズ・ミニーが共同で設立。1998年に直営店が東京の自由が丘にオープンした
さまざまな情報を発信していくうちに、ニュースレターの中で紹介されている商品を購入したいという人が増え、「商品を手にとってもらうことを通じて、フェアであることや環境やつくり手に配慮するということを知ってもらおう」と通販部門を始めたそうだ。チョコレートはその想いを伝える一番良いアイテムであった。
「我が社の設立者はイギリス人ですが、最初、日本のバレンタイン事情にびっくりしたそうです。イギリスとかヨーロッパの多くは男性が女性に花を贈る日なのに、日本は逆だったので驚いたそうです。まずそこに文化の違いを感じ、それに加えて、愛を語る日なのに、生産過程でいろんな問題があるチョコレートを何も知らずに買っている。できたらちゃんとさまざまな事情を知ってもらいたい、と。バレンタインは愛を語る日なのだから、それこそ『チョコレート生産が抱える問題とフェアトレードチョコレートについてバレンタインの日に考えてみませんか』というプロモーションを始めました」と鈴木さん。
ピープルツリーのチョコレートはパッケージにも工夫がある。可愛らしいイラストで統一され、一目でピープルツリーの商品とわかる。「何これ、可愛い!」と気軽に手にとって、食べてみたら美味しい。そしてよく見ると包み紙にフェアトレードのことや、チョコレートにはどんな問題があるかなどが記載されている。チョコレートを買ったことがきっかけで「知る」ことができるのだ。鈴木さんは「でも、社会的な課題について知ってアクションするって、自分のことを犠牲にして、我慢して、何かすごいエネルギーを使うみたいに思われがちなんですよね。だから『チョコレート、美味しいよね』、『アクションするって楽しいよね』、『洋服、可愛いよね』のように、プラス思考からスタートしてほしい」と言う。
費用や手間もかかるオーガニックコットンへのこだわり
「30年前はFAXや手紙で受発注する時代だったので、最初は大変な苦労がありました。FAXも相手先のオフィスになく、近くのホテルに送信し、相手がそこに受け取りに行くとか」と鈴木さん。こんな状況の中でオーガニックコットンを継続的に入手することは非常に難しく、最初はジンバブエの畑に直接出向き交渉をしたという。「今はLINEやWhatsAppですぐコンタクトが取れて、連絡手段のインフラが整っています」。現在はインドの畑からオーガニックコットンを調達しているそうだ。オーガニックコットンにこだわるのは、生物多様性を守り、働き手の健康を守れるなど、フェアトレードにも通じる価値観があるからだ。
オーガニックコットンの生産は非常に難しく、農作物としてのオーガニックコットンは現在でも全生産量に占める割合は毎年増加しているものの、2%は超えていないという。認証制度はあるが法律はないので、オーガニックコットンを使用しているものは1%でも使用していたら、「オーガニックコットン製」と言えてしまう。そのため、品質を保証する「GOTS認証*」がある。GOTS認証は、製品が70%以上のオーガニックコットンを使用していなければ取得できない、プリントに使われる染料に対しても厳しい基準がある。また、地球環境への配慮はあたりまえで、人への配慮・社会的な配慮もしていないと取得ができない。「そういう制限の中でどれだけクリエイティブなことができるか試されています」と鈴木さんは語った。
GOTS認証*: GOTS(Global Organic Textile Standard)認証。認証の目的は、原料の収穫から、環境的にも社会的にも責任ある製造を経て、最終消費者に信頼性のある保証を提供するための品質表示に至るまで、原料の収穫から、環境的にも社会的にも責任ある製造方法を経た製品であることを認証することを目的に設定された基準。
若者がサステナブルファッションを楽しむには
近年、若者のファストファッション利用率は高く、誕生したばかりのECブランドは若者に爆発的な支持を得ている。一方で、環境問題を学ぶ若者も増えてきている。そうはいっても、エシカルブランドやサステナブルブランドはどうしてもファストファッションに比べて値段が高く、お金に限りがある若者は購入できない人が多い。そこで鈴木さんに、「若者が環境に配慮されたファッションを楽しむにはどうしたらいいと思うか」を尋ねると鈴木さんはこう答えた。
「買うことだけでなく、手持ちのものをリメイクしたり交換したりできます。今持っている洋服を大切に着るということもサステナブルファッションの一つだと知ってほしいと思う。それに加えて学生のうちは、古着を楽しんでみるのもいい。社会人になってから環境やつくり手に配慮された洋服を購入すればいい。焦らなくてもいい」
鈴木さんは「それよりも学生のうちに大切にしてほしいのは、仲間を見つけるということです」と言う。「自分一人が頑張ってる気持ちになって消耗して止めてしまうのではなく、洋服の交換や仲間と一緒にリメイクをしたり、情報交換をしたりできるような、『自分一人じゃない』と思える、そんな仲間を作ることが学生のうちは大事なことだと思います」
これに私(記者)はとても共感した。私には、みんなで洋服などを持ち寄り、フリマや洋服のリメイクを行う仲間がいる。私が所属しているRethink Fashion Waseda*という学生団体には同じ問題意識を持ち、それに対してアクションを起こしている仲間がいて、日々仲間たちに刺激をもらっている。日々、SNSなどを駆使し情報交換をすることが得意な若者だからこそ、できることがたくさんあると私は考えている。
Rethink Fashion Waseda*: 2020年5月に設立された早稲田大学初の「サステナビリティファッション」に目を向けた団体。「サステナブルファッションをライフスタイルに」をモットーとして掲げ、生活に組み込みやすいアイデアや情報発信をする団体
フェアトレードが目指すもの
これは「フェア(公平)」とは何かを説明する時に使われる有名なイラストである。
壁の向こうで野球が開催されている。壁、つまり「不公平さの原因」である。試合を見ることができるのは、壁よりも背が高い人たちで、彼らは「先進国」として置き換えられる。一方で背の低い人は試合を見ることができない。背の低い人は発展途上国を表している。そこで箱を平等に用意をする。しかし、まだ彼らの目の前には壁がある。そのため、低い人にはさらに多く箱を用意する。箱の数は不平等かもしれないが、これでみんな平等に試合を見ることができるのだ。鈴木さんは「不平等に見えるかもしれないが、これが”公平”ということなんです。フェアトレードがやっている活動とは、この”公平”にすることなんです。ですが、そもそも壁がなければ、皆にとっていいですよね。これこそがフェアトレードが目指す世界です」と話した。
サステナブルからリジェネラティブへ(環境用語の本質)
現代ではよく耳にする「サステナブル(sustainable)」「エシカル(ethical)」「フェアトレード(fair trade)」などの環境用語。ピープルツリーが設立された30年前、まだ日本では浸透していなかったが、現在では人々の関心度が大きく変わってきている。フェアトレードの「フェア」は「公平・公正」という意味だが、可哀想だから助けるのではなく、対等な立場でフェアであろうということが本来の意味である。
サステナブル(sustainable)という言葉は本来は「持続可能な、現状を維持できる」を意味する英語だ。今欧米では「サステナブルでは足りない、リジェネラティヴ(regenerative・再生復活してよりよく)を目指すべき」という方針に変わってきているそうだ。しかし、鈴木さんは「常に海外から新しい思想がどんどん入ってきて、日本人は追いかけなければいけない気持ちになっているのはよくないと思う。日本には江戸時代から『三方よし』という考え方があり、本来は身近な発想だった。横文字に惑わされず、すでに当たり前にやってきている善き行いも大事にしてほしい」と語ってくれた。
三方よし*: 「商売において売り手と買い手が満足するのは当然のこと、社会に貢献できてこそよい商売といえる」という考え方。(伊藤忠商事HPより引用)
今後の展望
今後のファッション業界はどうなっていくのだろうか。2015年に公開された「ザ・トゥルー・コスト〜ファストファッション 真の代償〜」というドキュメンタリー映画は、世界に衝撃を与えた。ファッション業界の裏側や大量生産・大量消費の問題を暴き、ファッションが誰かの犠牲の上に成り立っているという事実を突きつけたからだ。「この作品は洋服を身にまとう私たち消費者だけでなく、ファッション産業に身を置く人々にとっても苦しい気持ちになる映画だった」と鈴木さんは言う。
しかし、2023年に公開された「ファッション・リイマジン」という映画は、今後のファッション業界に光をもたらしてくれた。この映画は、イギリスのブランド「Mother of Pearl」のデザイナー、エイミー・パウニーが、VOGUEの新人賞を受賞し、10万ポンドの賞金を得て、自分の生き方のルーツにつながるサステナブルなコレクション「No Frills」を立ち上げることを決意することから始まる。
コレクションデビューした「No Frills」はロンドン・ファッション・ウィーク唯一のサステナブル・ブランドとして大注目を浴びる。映画では、コレクションデビューの裏、発表まで18ヶ月というタイムリミットの中、さまざまな困難に遭い、地球の裏側まで旅をすることになったエイミーとチームの、たくさんの出会いと挑戦が描かれている。鈴木さんはこの映画を見終わった後、「時代は明るい方に変わってきている。これは希望が持てる映画で、この数年で社会が大きく変わったと実感できました」と感想を話した。
今後の展望に関しては「ピープルツリーと名前に込めたように、人も自然も、生きとし生けるものがみんな幸せに暮らせるように、これを実現するため、創業のときから大事にしているフェアトレードの10の指針*を地道に続けることです」と語ってくれた。
近年多くの環境に配慮されたブランドが出ているなかで、30年前から設立されているピープルツリーの洋服や雑貨を作ることへの熱意を知ることができた。特にオーガニックコットンを使うことの難しさ、それを実際に取り組んでいることに本当にすごいなと感じた。最近は温暖化の影響で農作物を作ることは非常に難しくなっている。オーガニックコットンの生産を止めないためにも、温暖化を止める必要があると再認識した。
中学生だった当時、私は「ザ・トゥルーコスト」で、ファッション業界の裏側や悲惨さを知った。そこから勉強して、これからの未来が不安に感じた。しかし、取材後、未来は明るいのではないかという気持ちになった。ここで安心して何も行動を起こさないのではなく、今後のファッション業界や環境問題に私たちができることはなんなのか、考えていく必要がある。まずは、自分ができることからだ。「本当に必要だと思う洋服しか買わない」、「セカンドハンドを利用する」、「エコバッグやマイボトルを持ち歩く」、「仲間と環境問題について勉強すること」をこれからも続けていきたいと思った。
フェアトレードの10の指針*: 途上国の人々の自立と生活環境の改善を目指し、1989年に、WFTO(世界フェアトレード連盟:World Fair Trade Organization)が結成され、フェアトレード団体が順守すべき10項目を定めた。加盟団体が基準を守っているかを監視している。
自己紹介: 神奈川県出身。中学3年の時に「ザ・トゥルーコスト」を観て、ファッション業界の社会問題について知った。幼い頃から好きだったファッションが、実は人権侵害や環境問題に加担していることを知り、これを変えていきたいと考える。高校3年生で鎌倉サステナビリティ研究所や2021年に国立新美術館で開催された、ファッションインジャパンのYUIMA NAKAZATO FASHION PROGRAM『10代と考える、ファッションと未来』に参加。現在は、大学で社会学を専攻し、サークル活動ではRethink Fashion Wasedaに所属。趣味は、ドラマ鑑賞で、日本のドラマや韓国ドラマを観ること。また、洋服やコスメにも興味があり、ウィンドウショッピングをしたり古着屋巡りをすること。