北海道 School of Life Compath創設者にインタビュー

記者:内田萌夏 Moeka Uchida(19)

大学生活を2ヶ月終えた時、どこかに違和感を感じていました。入学前に抱いていたイメージと実際の大学に少しギャップがあったり、入学前に考えていた理想的な大学生活と現実の自分の過ごし方にも矛盾を感じたりしています。今の時間の過ごし方は良くないなと思ったり、入学前の方が学習意欲が高かったかもしれないと思ったり。同じような悩みを抱え、折り合い、模索しながら、その後社会人になった方の話が聞きたいと思い、School of Life Compath*を運営する株式会社Compath創設者の一人である安井早紀さんにお話をうかがいました。

School for Life Compath*: 北海道東川町という人口8千人の小さな町にある、株式会社Compathが運営する新しいカタチの学校。デンマーク発祥の「人生の学校」と呼ばれる「フォルケホイスコーレ(Folkehøjskole)」からヒントを得て作られた。

[INDEX] デンマークで本場のフォルケホイスコーレを体験誰にでも開かれた学校 譲れなかった条件、参加者の多様性 Compathでの体験がどう参加者に影響を与えるのか 「生きた学び」 自己紹介 関連記事:一週間、大学の授業を休んで、大人に混じって北海道で体験してみたらわかったこと

デンマークで本場のフォルケホイスコーレを体験

記者:まず初めに、なぜデンマークでフォルケホイスコーレを体験しようと思ったのですか?

安井さん:きっかけは、会社員時代、たまたま長い休みをもらえて「久しぶりに海外に行きたいな」と思ったのが始まりです。「フォルケホイスコーレに行こう」が一番の目的ではありませんでした。「自分1人で行くよりは誰かと行く方がきっといいだろうな」と考えていたときに、今の共同創設者の遠又香と話す機会があり、一緒に旅行しようかという話になりました。

 大学時代、二人とも教育に関する活動をしていましたが、社会人になってからは離れていたんです。まずは働いて、力をつけてから、いつかまた教育関係の場で働きたいと思っていました。当時、社会人5年目で働くことにも慣れてきていたので、「せっかくなら世界の面白い教育を見に行きたいね」という話になって、候補を色々挙げた中に、デンマークのフォルケホイスコーレがありました。調べてみると、日本社会の教育システムからは、一番遠くて一番よくわからない。私たちの関心も大きく動いて、訪問することにしたんです。

School of Life Compath創設者にインタビュー

記者:たくさんの偶然が重なってデンマークのフォルケホイスコーレを訪れることになったんですね。

安井さん:自分自身も、「このままでいいんだっけ」と考え始めたタイミングでした。朝から晩まで忙しく働いて、会社のことで一杯一杯でした。本当は、もっといろんなことを考えたいのに、「自分は足りてないから頑張らなきゃ」という状態が永遠に続く気がしていました。もちろん、頑張り続ければ強い人間にはなれる気がしたんですけど、自分自身の心のやわらかい部分、例えば、優しさとか、小さいものに感動するとか、小説が好きとか、といったことをいつか大事にできなくなってしまう感覚がありました。そういう部分が仕事に繋がらないものとされてしまうのが嫌でした。

 私にとってはそういう自分のやわらかい部分がすごく大事だったのに、それが「このまま会社員でいると失われて人間味もなくなってしまう。」そう感じていたタイミングでフォルケホイスコーレに行って、人間としてのやわらかい部分や時間を人生の中で社会全体で大事にしているところをとても面白く感じたんです。

誰にでも開かれた学校

記者:私も同じような感覚を高校生の時に味わいました。日本は学歴社会がまだ残っているせいか、「国立大学に行かなきゃ」みたいな雰囲気がありました。就職に有利になるから「何を学びたいか」よりも「どこで学んだか」を重視することにとても違和感があり、外の世界に出てみたいと思って調べている時にフォルケホイスコーレに出会いました。

安井さん:学歴に向けて頑張るのが悪い訳ではないけれど、「それしかない」という社会には課題があると思います。「フォルケホイスコーレはそれを和らげる方法の一つになるかもしれない」と感じたのが日本に取り入れた一番の理由です。

安井早紀さん

 デンマークでは、義務教育は「フォーマルな教育」、個人の選択に任されている教育は「インフォーマルな教育」と考えられています。フォルケホイスコーレはインフォーマルな教育にあたります。インフォーマルな教育はフォーマルな教育があるからこそ成立するもので、これだけで社会が成り立つわけではありません。ですが、フォーマルな教育以外に、選択肢があるということが、大事だと思います。

 前職のリクルートで新卒採用を担当していた時、就活は「社会が決めた通りに動かなければ」と追われている学生が多いと感じていました。「明日どうしても決めなきゃいけないんです」「来月までには絞らないといけない」と口にするのを何度も耳にしましたが、それは自分のペースではなく、企業の動きに自分を合わせている。

 日本人は「今は働く時か、働かない時か」ということを考えないまま就職してしまうせいか、やっぱり社会人3〜5年目ぐらいでモヤモヤする人がでてくる。どうにかしてこの状況や構造を変えたいけれど、そういう社会だからしょうがないかと思っていました。

 そんな時、フォルケホイスコーレに出会い、時間はかかるかもしれないけど、自分のためにじっくり考えることができる場所を作れたらいいなと。転職活動や就活活動でも、誰かに急かされるのではなく、自由にタイミングを選べたら、今より寛容な社会が実現できるかもしれない。フォルケホイスコーレは私自身のためのものでもあるのです。

記者:大学では、何年も休学して自分で考える時間を作る人がたくさんいる一方、4年で卒業して、何かよくわからないまま働きだす人も同じぐらい大勢いるように感じています。就職する前の大学生が一度立ち止まる場所としてフォルケホイスコーレを経験しやすくなったらいいなと思うのですが、いかがでしょうか?

安井さん:20年、30年後の目指す形は、いくつになっても行っていい場所になることです。「フォルケの対象は[ ] 歳です」になってしまうと、結局先に話したような「周りに流された就職活動」と同じ構造になってしまうので、おじいちゃんおばあちゃんでも、18才で大学に入る前でも来られる場所を目指してます。
 とはいうものの、3年間活動してきて、人にとって3つの時期にフォルケホイスコーレが必要かもしれないということが見え始めてきました。

 1つ目はやっぱり就職活動の前後の大学生。就職活動前に考えたい人もいれば、就活はするが、入社前に「本当にこれでいいのか」と考えたい人。

 2つ目が3〜5年目の社会人。就職し数年経ち、仕事もだんだんわかってきて、スキルもついてきたけど、「このままでいいんだろうか?」と考えたい人。一度立ち止まってゆっくり考えることが許される場としてフォルケホイスコーレはぴったりだと思います。

 3つ目が40代の人。この年代は最近すごく増えています。就職活動から今までバリバリ頑張ってきた人がほとんどです。ただ、近年、個人や多様性が重要視されて、そうじゃない生き方やキャリアみたいなことを言われるようになり、従来の言われた仕事をやる能力以外の能力が求められるようになった。少し上の5、60代の人たちは、そのまま「エイ!」っとリタイアでもいいけれど、40代の人たちは、定年まで、まだ20年ほどあるんですよね。そうなると、このまま違和感を持ちながらリタイアまで働き続けるのか、それとも少し怖いけれどキャリアチェンジをするのか。そういうようなことを悩んでる人たちがとても多いということを40代の参加者が教えてくれました。確かに、そういう人たちの間でフォルケホイスコーレの口コミが広まっていってる感じがしています。例えば就職活動の子たちと一緒に、「これからの社会ってどうなるんだっけ」というようなことを、考えることができたらいいなということもアイディアとしてあります。

記者:40代にも考える場所が求められているというのが印象的です。DXへの対応だけではなく、働き方改革による影響もあるのですね。

譲れなかった条件、参加者の多様性

記者:Compathには、考える場所を求める人が自主的に見つけて参加してくることが多いのでしょうか。

安井さん:実際に体験した方の紹介が多くなってきています。立ち上げた当初は、知名度も全然ない、フォルケホイスコーレ自体もわかりにくい概念なので、「人生の学校」と聞くと怪しがる人も日本ではやはり多かった。なので、初年度は、まずは共同設立者である遠又と私を信頼していて、「この人たちが作るんだったら面白そう」と思ってくれる人たちを招待しました。そこからだんだんと参加した人が周りの人に広めてくれるようになったんです。今卒業生が200人いるんですけど、その200人のそれぞれがそれぞれの周囲に広めてくれています。

 参加者の属性が多様だと、Compathでの学びは面白くなるというのが確信としてあります。1週間ぐらいのコースだと、価格帯は色々ですが、働いてる方が多くて大学生が大体二、三人ぐらい。1ヶ月のコースになると大学生がかなり多くなります。3ヶ月のコースになると、大学生が8割というときもあれば、全然いないときもあります。年ごと、時期、季節によって、参加者の属性が全然違うというのを最近発見しました。

記者:日本社会とデンマーク社会は異なるので、フォルケホイスコーレをそのまま取り入れるのは難しいのではないでしょうか。日本社会に合うように変えた部分とそのままにした部分を教えてください。

安井さん:まず前提として、デンマークのフォルケホイスコーレもかっちりはしていないんです。フォルケホイスコーレ自体が変わりうるもので、それ自体が良いとされます。先生も変化を生身で見ながら、学校をアップデートし続けることが醍醐味と言ってます。

 デンマークのやり方でそのまま持ってくるのは駄目だなと思ったのは「コース期間の設定」です。デンマークだと一番短いコースで4ヶ月なんですよ。4ヶ月でも足りないと、だいたい1年間ぐらい行く人たちが多い。でも日本では、4ヶ月とか、1年とかの休みを自由に取るのは、大学生でも社会人でも難しいと思ったので、1週間コースを作りました。

 絶対に譲れない部分は寮生活です。「何を取ったら、フォルケホイスコーレじゃ無くなると思いますか?」と現地で通った人や先生、フォルケホイスコーレ協会の人達にヒアリングをしました。すると、「ともに暮らす、共同生活をする」という部分が真髄だと言う方が多かったのです。寮生活の良さは、他人と過ごす中で、うまくいかないこともあれば、逆にそこから学ぶこともあるというところですね。

 あとは、やっぱり学校にしても会社にしても、私たちは何かやること(doing)を承認しあうことにすごく慣れてしまっています。冒頭に話したように、会社で培ったスキルばかりが評価され、そうじゃない部分が足りなくなるのは、まさにその辺りからくるのだと思います。「あなたはいるだけで大丈夫」「あなたの存在にすごく助かってる」のように「Being」、つまりその人自身のままの状態がいいと他者が思えることがすごく大事だと思っています。通いで授業だけ受けて帰るやり方だと、「doing」のコミュニケーションになってしまうけど、一緒に暮らすと、「朝起きてコーヒーを入れてくれたことが嬉しい」とか、「この人がいるとぱっと場が明るくなるな」とか、その人の存在だけで、互いに何も喋らないけれど、なんか落ち着くという体験がじわじわと出てくる。他者の存在そのものと関わり合うには、共に暮らすことが欠かせないんです。

記者:この夏、アメリカに短期留学して寮生活を経験しました。寮は自分に合わない気がするという人でも寮生活を経験した方が良いと思いますか。

安井さん:いえ、そんなことはないと思います。フォルケホイスコーレ自体も全員が経験しなくていい。寮生活って掃除の仕方一つが全然違うところを、多少イライラしたりバチバチしながら落としどころをつけていくみたいなのが醍醐味であったりもするんですけど、なんかそれは今ちょっと必要じゃないって人には、それはそれで違う機会があるからいいと思います。

Compathでの体験がどう参加者に影響を与えるのか

記者:参加する前と後で参加者の方の変化を感じますか?

安井さん:感じます。参加者は、「こうするべき」とか「こうあらねば」みたいな、肩書きとかラベル、学歴、親からの期待を気づかずに背負っていることが多いです。自然が多い環境の東川町の”すかーん”と広がる大地の中に身を置くことで、自然に生かしてもらえている感覚を味わい、そこで自由に生きてる人たちと関わって、「意外と生きていけるんだな」みたいな感覚を持ってくれるようです。そして、「こうあるべき」とか「こうあらねば」という思い込みは薄れ、「本当は私はこうしたい」「こんな人になりたい」という気持ちが出てくる。そして、大事なのは、自分が大切にしたいものを他の参加者が知って共有してくれていること。プログラムが終わって日常生活に戻ると、やっぱり「べき」「ねば」みたいなことに向き合わなくてはいけない瞬間があるけれど、「ランチ行こう」みたいな感じで気軽に人を誘って、モヤモヤしていることを相談できる仲間を持ち帰れていると思います。

記者:私もこの夏経験しましたけど、一緒に生活するルームメイトというのは、家族でも友達でもない不思議な存在ですね。年代が違うからこそ得られるものもありそうです。

安井さん:年代の違いってかなり大事だと思います。私がとてもいいと思うのは、大学生の参加者で「大人の友達ができた」という人がかなりいることです。就職活動で初めて社会人に接すると、自分を評価してくるとか、やたら教えてくる、というイメージを持ってしまいがちですが、そんな彼らも悩むことがあるし、同じように漫画も読むし、自分たちと大して変わらないんだなって感じるそうです。

記者:大学の寮生活では、10代から60,70代までの幅広い年代の人同士がルームメイトになることはまずありません。

安井さん:異なる年代の友達ができることで、例えばニュースの見え方も変わります。シングルマザーのことがニュースに流れてきたら、「あの人どうしてるかな」みたいに気になるし、「大学生で就活中です」「今年も就活シーズン始まりました」みたいなニュースが毎年流れると、「あれ、あの子大丈夫かな?どうするんだろう。」と思う。普通だと自分の周辺や自分の家族の範囲しか見えていなかったけれど、「Compathに参加して、社会が広くなった」という話をよく聞きます。

記者:自分と異なる境遇にある人に対しては共感しにくいため関心も低くなってしまうものですが、そういう学びもあるのですね。

「生きた学び」

安井さん:フォルケホイスコーレが一番大事にしてるのが「生きた学び」という概念です。今から180年ぐらい前に、グルントヴィ*という人がフォルケホイスコーレの元になる構想を作りました。その中で一番大事にしていたのが「生きた学び」。逆に教科書とかは、文字になってる時点で「死んだ学びだ」と言っています。本当に生のものに触れたり、生きてきた経験をもとに他人と対話をしていったりする、リアルな刺激をもらって「自分がなにを感じたのか」を更に深めていくような、そういう「生ものの学び」です。

*グルントヴィ:ニコライ・F・S・グルントヴィ(Nikolaj Frederik Severin Grundtvig 1783-1872)。牧師、哲学者、教育者、思想家として知られ、現在のデンマークの教育方針にも影響を与えた。

記者:教科書を読んでいるだけはつまらないと私も思います。ただ、教科書を使ったほうが効率的であるのも事実です。教育という点で、デンマークと日本の違いはどこにあるのでしょうか。

安井さん:一言で言うと、デンマークの教育は、「マイペースが許される」です。日本で言う中学校3年生をデンマークでは9年生っていうんですけど、そこが義務教育の終わりのタイミングです。日本だとそのまま高校受験して、高校進学する人がほとんどだと思うんですけど、デンマークには10年生という制度があります。それは、「まだ高校に行くタイミングでない」と思っている人たちが選ぶ制度です。過ごし方は多様で、もう1回9年生の内容を勉強やり直す人もいれば、ユース向けのフォルケホイスコーレ(エフタスコーレ)に寮生活して通う人もいれば、旅をする人もいる。10年生を選ぶ割合は結構高くて、大体50%ぐらいなんです。

 日本だと留年したとか、級が落ちたみたいな感じで、アウトローになっちゃうみたいなネガティブなイメージを持たれがちですが、デンマークではフェアな選択肢として10年生があるんですよね。大学行くタイミングもバラバラだし、就職活動をしたくなるタイミングもバラバラだしみたいなところを、幼い頃の教育から「それでいいんだよ」って言ってくれているところが日本との今の時点での大きな違いかなって思います。

[INDEX] デンマークで本場のフォルケホイスコーレを体験誰にでも開かれた学校 譲れなかった条件、参加者の多様性 Compathでの体験がどう参加者に影響を与えるのか 「生きた学び」 自己紹介 関連記事:一週間、大学の授業を休んで、大人に混じって北海道で体験してみたらわかったこと

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自己紹介:東京の大学に通う普通の19歳。素早く何かを創り出すよりも、ゆっくり自分のペースで考えながら言葉を紡ぐ方が好きだし得意。だから、好奇心のままに取材や体験をして、それを記事にして残してる。自分の記事を読んで、ちょっと心が救われたり、クスッと笑えたり、また頑張ってみようと思う人が1人でもいるなら、記事を書いた意味がある気がする。