インクルージョンを実現し、シナジーを生み出す

記者:尾崎惺 Satoru Ozaki (17)

楽希楽園(ラッキーガクエン)合同会社代表で“夢職”、サステナブルリーダーシップコーチ&ファシリテーター臼井礼(うすいあや)さんは、「インクルージョン」にはまず「自分自身のインクルージョン」が必要だという。どういうことだろうか。インクルージョンとは一体何なのかを含め、この記事が読者の理解につながれば幸いである。

 臼井さんは、高校卒業後すぐの10代でフランスの大学附属の語学学校に留学した際、クラスの中が多国籍空間で、現地の人々や自分より困難な境遇にある難民のクラスメイトたちが分け隔てなく受け入れてくれたことで助けられた経験が、「将来何らかの形で恩返しをしたい」と思うきっかけになったそうだ。

1995年フランスの語学学校(左)(写真提供: 臼井礼さん)

多様性から生まれるシナジー

 日産がルノーとアライアンスを組み、カルロス・ゴーン氏が日本人以外で初めて日産の最高責任者となった直後、臼井さんはフランス留学中にルノーでのインターンを経験し、その縁でエグゼクティブアシスタントとして欧州日産に入社。のちに日本の日産本社の海外人事部に移る。ここで、多様性が様々なシナジーを生み出す場面に出会うこととなる。

 例えば、数ある日産の工場の中で、当時メキシコの工場の生産性が著しく低かった。解決策として工場の中の物流の方式として日本の工場で使っている「からくり(テコの原理や重力などを活用した機械的な装置の社内通称)」を利用した機械を導入した。現地の作業員は遊び心からそれを楽しい音楽とともに走らせるように改造。音楽を持ち込むことは生産性向上と相反するように思えるが、その後その工場では生産性が上がったという。

 「ただ真面目に工場での作業を時間通りにするということに注力するのではなく、楽しみながら作業をする。社員が楽しみながら作った車っていいと思いませんか。メキシコのケースが上手くいったので、じゃあ南アフリカはどうだろうと考える。更に現地の味が加わって違う物が生まれていくのではないか。これを日産ではシナジーと呼んでいます。」

2012年 日産時代(写真提供: 臼井礼さん)

 「GROWコーチング」は、Goal(達成したいこと)、Reality(現状把握)、Options(選択肢、目標に向けたアイデア)、Will(達成のための意思)の頭文字をとって構成された相手を自発的に考えさせ、行動させるための気づきと学びのサイクルを促すコーチングの手法の一つ。ここでも「会議でOptionsについて考えようというとき、多様な国籍の人々が集まれば、日本人だけで考えるようなものと違ってくる。多様な人が集まる組織の強みになる。」と臼井さん。

 私(記者)はアメリカに留学していた際に様々なバックグラウンドを持ったクラスメートとのディベートを経験し、「多様性が議論を活発にするのでは」という仮説を持っていたが、そこから生み出されるものがまさに今、社会で必要とされているのだ。

多様性はなぜ生まれるのか

 実際に多様性を直に感じてこられた臼井さんに質問すると、彼女が携わった「千倉グローバルこども交歓会」での出来事を教えてくれた。千葉県南房総に住む子どもたちと、シリアやブラジルをはじめとする日本に住む外国につながる子どもたちが、地域の協力のもとで交歓会を実施し国際交流するサマーキャンプ&ホームステイプログラムだ。

 「日本人を含む多国籍なグループでバーベキューをしていたとき、日本人は指示された通りの順でバーベキューを用意していましたが、ブラジル人の子どもたちは『焼きそばを先に食べたい』と大人に希望を伝えてきました。」「日本の子どもたちはあえてそういうお願いをしない文化がありますが、ブラジルの子どもたちは自分の考えや欲しいものをまず声に出して交渉し、それを得ようとする文化を持っています。何度も交渉してくるので、大人たちは観念して焼きそばを先に渡しました。この様子を見ていた日本の子どもたちも『自分もお願いして先に焼きそばを食べたい』と言い出し、大人のところに行き焼きそばをもらいました。」

2017年 千倉グローバルこども交歓会(写真提供: 臼井礼さん)

 この違いは何によるものだろうか。臼井さんは教育方法の違いではないかという。「日本と海外の教育には大きな違いがあります。例えばフランスの大学でのマーケティングのケーススタディでは『問題に対しまず自分で考えて対処してみるように』と言われました。日本では先生が先に公式を教えて、それを応用する形が一般的ですよね。ヨーロッパの人にとって日本の教育は退屈に感じる一方、日本人は欧米式だと何をすべきか迷ってしまうことがあります。」

「日本では答えを先に与えるので、それに縛られがちです。フランスの例でいえば学生は自由に解決策のアイディアをだしあい、考察していくのでイノベーティブなものが生まれます。しかし、日本人にはもともと豊かな創造力があり、そこに可能性があるので、もっと日本人への教育もそれぞれの多様性を大切にした、自分が解決策の源になれるように考えさせる教育が必要だと思います。そうしていくことにより”Make Impossible Possible” 、これまで不可能と思っていたことがみんなの多様性の力で可能になってくると考えます。」

まずは自分のインクルージョン

 臼井さんのブログに面白いエピソードがある。日本で日産本社の入社式に出席した際、自分以外の全員が同じダークカラーのスーツを着ており、びっくりしたという話だ。「当時自分がそういった他の人々を受け入れられなかったのは、インクルージョンができていなかったからではないか、今になって思います。人間の外見ではなく<being>の内側を見ていくと、外側は自然と気にならなくなる」と臼井さんは語る。

 更に「私たちは本来<human being>であるべきなのに、<human doing>になっていないでしょうか」と問いかける。「会社での役職や地位は後から得たものであり、留学や仕事をするといった行動は<doing>であって、本当に価値があるそれを行う心の状態<being>を認識せず、<doing>ばかり意識していることは少なくありません。<doing>に捕われず、自分が本来持つ愛、平和、幸福といったあり方 <being>を大切にすることが重要です。」インクルージョンの実現に向けては、まず自分自身の<being>を認識し、受け入れる必要がある。

オンライン取材 記者と臼井礼さん

インクルージョンと日本

 少子化の進む日本はもっと移民を受け入れやすくすべきだと言われる。ダイバーシティやインクルージョンという言葉を頻繁に耳にする一方で、来日しても日本文化に馴染めないという事例も多く聞く。<being>が重要なのは分かるが、日本に移民を受け入れる土壌はあるのだろうか。臼井さんは古武道日本刀師匠の言葉を教えてくれた。

 「武道を極める日本刀剣士にとって、日本刀が象徴する精神性の中で最も重要視されるのは『戦いを略くこと、すなわち戦わないこと』です。そのために自己を磨き、相手を兄弟とみなし、愛を持って礼儀とリスペクトを示します。真剣の稽古や真剣勝負の前後には、自然への感謝が大切だと言われています。これは国や文化の対立に限った話ではありませんが、対立が生じた際に、『相手を嫌わない、自分を愛し、自分をどこまで育めるかを追求する精神力』を大切にし、それを高めることで、私たちのインクルージョンが深まり、多様化する社会の中で物事を建設的に進めるためのシナジーが生まれるのではないかと考えます。」 

 <インクルージョン>という言葉は輸入されたものだが、意外にもその概念は日本に古来から存在していたのだ。


取材後記: 臼井さんの「他人のインクルージョンより、まずは自分をインクルードすること」という言葉が大変印象に残っている。インクルージョンは、制度をどうするかよりも、個人の意識が重要なのではないか-という気づきがあった。

記者雑感: 取材の度に毎回新たな発見があり、自分の視野の狭さを実感する。「高校生らしさ」に囚われないことの大切さを学ぶ、高校生としての日々である。

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