児童精神科医 三木崇弘先生に聞く

記者:邊愛 Pyong Sarang (17)

近年問題となっている不登校問題。「不登校は甘え」という厳しい意見もあるなかで、実際の不登校児童の現状はどうなのか、私たちはどう接すればよいだろうか。過去にスクールカウンセラーの経験を持つ、現在は児童精神科医としてご活躍中の三木崇弘先生にお話を伺った。

[ 三木崇弘先生プロフィール ]
2019年からフリーランス児童精神科医として活動し、2022年からは兵庫県にある恵風会高岡病院に所属。知的障がいをもつ子どもとその家族を支援する「あいプロジェクト」の代表でもある。漫画「リエゾン-こどものこころ診療所」監修、「凸凹のためのおとなのこころがまえ」を著作するなど、子どもの発達障がいを専門に活躍している。

不登校問題と学校環境の変化

 文部科学省が令和5年10月に発表した不登校児童のデータでは、不登校児童が年々増加傾向にあることがわかる。不登校児童の総数は約29万9千人と過去最高を記録しており、中学生では17人に1人が不登校である。

 三木先生は「世の中が相談しやすくなったということで、発見数が増えた影響もあると思います。児童虐待でも、世の中全体が『通報しましょう、通報しましょう』というと発見数が増える。もちろん、実数自体が増えているのは肌で感じます」と話す。

 さらに不登校の数が増え続ける原因について、現場で子どもたちを診る三木さんはこう語る。「世の中の動きが早くなった。マラソンで例えると集団の走るスピードが早くなったと感じます。例えば自分が半年学校を休んだとしたら、他のみんなは半年分勉強して、友達と仲を深めて、社会生活能力が向上している。そんな集団の中に自分があまり変わっていない状態で突撃しないといけないという状況を想像して。それなのに近年は集団のスピードがますます速くなっているせいで、周りについていけなくてまたダウンしてしまう。」

 学習指導要領の変更や受験制度の改革、社会の変化によって、学校で子どもたちに求められる集団に合わせる能力のハードルがますます上がっている。集団生活における「普通」の基準が上がることは良いことだけでなく、不登校といった問題も生み出す原因にもなる。

私たちはどう接すべきか

児童精神科医 三木崇弘先生

 クラスに不登校の子がいる場合、その子にどう接すればいいか?という私の問いに、三木先生はこう答えてくれた。「安定した日常があることが安心感につながるので、その子がどうであろうと、なんてことのない時間を一緒に過ごすことが大事かな。たまに学校に来れた時は『大丈夫?』とケアをする姿勢でいるより、普通の友達としていることがなによりも大切です。」

 また、先生の専門分野である発達障がい、特にはっきりと障がいと判断されないグレーゾーンの障がいを持つ人との付き合い方についてもお話を伺った。先生はグレーゾーンについて、「マジョリティの人だって人によって小さな違いってあるじゃないですか。グレーゾーンはその延長線上みたいなもので、ただ濃いか薄いかの話でしかないと僕は思っています」と語る。発達障がいのグレーゾーンとは付き合っていく中で分かっていくもので、初対面や付き合い始めたばかりの段階ではすぐに気づかない。だからこそ私たちは気にしすぎず、フラットに理解しようとする姿勢を持つことが必要だという。

居場所を変えるという選択肢

 同じ教室で同じ授業を受けることを是とする義務教育の形態が、子どもたちを追い詰め不登校を生んでいるのではないか。この私の問いについて、先生の意見を伺った。今の教育制度を劇的に変えるには、エネルギーも予算も時間も責任も、すべてがかかりすぎるのが現状だ。ただでさえ教員不足が叫ばれる今の世の中で、一人一人に適切な教育を、というのは無理がある。行政が国民に提供する教育サービスをこれ以上、質も量も落とさず続けていくには、現状の体制しかないだろうということだった。「だからこそ、当事者自身が新しい居場所を模索していく必要があるでしょう」と三木先生は言う。「人にとって大事なことって、それぞれが充実した時間を過ごすことだと僕は思ってます。学校生活が充実していない人はフリースクールなんかの違う場所でもいい、自分が充実していると思える時間を過ごしてほしい。」

レールから外れる覚悟

 全日制高校以外にも定時制高校や通信制高校、フリースクールなどの別の選択肢が増え、居場所を変える選択をしやすくなった現在。しかしこれらの道を安易に選ぶことについて、三木先生は「結局その先に出口がないと意味がないと思っています。例えば全日制の高校を出ていないと就職できないような就職先ばかりだったら、意味がないとは言わないけど困りますよね」と警鐘を鳴らす。

「不登校から緩やかに復帰するケースもある一方で、通信制の高校に行ったけれどやっぱりだめでフリーターというケースも多い。学校というレールに乗ったほうが社会に居場所があると全員が思っていて、学校を出た後にあるような道しか思い描けないから、イレギュラーな道を選んでもその先が困りますよね。新しい道を探してみたらとも思うけれど、学校に行っていないということは舗装されていない道を歩むことになるわけで、エネルギーが相当必要なんです。でも、不登校の子の多くはエネルギーがないから不登校になっているパターンが多い。まっとうに進学して身を立てるというレールから外れる覚悟を親も子もしなくちゃいけないとは思います。残念ながら、学校に行くのを当たり前としている社会では、その選択肢以外を取った場合の良いロールモデルが見つかっていません。」

 私にとってこの言葉は意外だった。正直、不登校・行き渋りの人がこれだけ増えている中、「逃げてもいいよ」「人生終わりなんて噓だよ」という回答を期待していた自分がいた。しかし、実際に現場で毎日子どもたちを見ている三木先生だからこそ出てくる冷静で事実に則した意見を聞き、不登校や行き渋りの問題に対して、周囲が耳ざわりのいい言葉をかけて夢を見せることは解決にならないのだという気づきがあった。

児童精神科医 三木崇弘先生

子どもたちへのメッセージ

 最後に、三木先生から子どもたちへのメッセージをいただいた。

 「そのままでいいよ、というつもりはありません。でも充実した時間を過ごしてね、本当の意味で楽しいことをしましょう、と伝えたい。しんどい時はちゃんと休んで、ダラダラする。そうしたらエネルギーが回復してくるから、何でもいいからできることを増やしていく。その先に学校復帰があるならそれを目指せばいいし、それ以上に充実していて学びになりそうなことがあるんだったらそれをやればいい。それから、自分が本当に何が好きかを模索しなさいとも伝えたいですね。そのためにはどんな自分の感情も全部素直に受け止める。そうすれば『自分の好き』がいつか見つかって、出口じみたものが見つかるかもしれない。」

 学校なんて辛かったら行かなくていい。そうは言っても、今の日本で社会とつながって生きていくには、学校はやはり欠かせないものだ。普通に学校に行って、普通に進学して、普通に就職する。その普通のレールから外れた先にあるものはその人にしかわからない。三木先生の言う「出口」にたどり着ける人もいれば、その「出口」が見つからないまま生きていく人もきっといるだろう。「正解の道を選ぶのではなく、自分の選んだ道を正解にしていく」という言葉がある。人は学校に行っても行かなくても、自分の今生きている道を正解にしていく努力が必要だと私は思う。


取材後記: 発達障がいのグレーゾーンの人とどう付き合っていくべきか?不登校の子にどう接すべきか?という私の問いに、三木先生が一貫して「気にしない」と仰っていたのが今でも記憶に残っています。障がいも不登校もその人の一面にしか過ぎないのに、自分でも無意識のうちに、人を一つの特徴だけで区別し、ラベルを貼り付けてしまっていたんだと気づきました。

記者雑感: わたしが住んでいる大阪から、三木先生が勤務されている高岡病院までは電車で二時間ほどかかるので、今回の取材は私にとって小さな冒険でした。山に囲まれた自然豊かな場所で、小さな丘の上に建つ高岡病院を初めて見た時、こんなところで治療を受けられたら心もきっと落ち着くだろうなと思いました。