小さないのちを守り育てるために、私たちが知っておくべきこと
記者:邊愛 Pyong Sarang (17)
トイレで赤ちゃんを出産した母親が逮捕された、というニュースがテレビから流れてきた瞬間の衝撃を今でも覚えている。どうすれば赤ちゃんの命を守れたのか、そしてこれから生まれる命を守るにはどうすれば良いか、こうのとりのゆりかごin関西の副理事長であり医師の小林和(こばやし かず)さんにお話を伺った。
こうのとりのゆりかごin関西(ホームページ)
こうのとりのゆりかごin関西について
こうのとりのゆりかごin関西は、熊本県にある慈恵病院が取り組む「こうのとりのゆりかご」(通称「ベビークラッペ」)の趣旨に賛同し、2017年4月3日に設立された認定NPO法人である。元々「ベビークラッペ」は、2000年にドイツ・ハンブルクで開設された、育児が困難な母親が新生児を匿名で安全に託すことができる仕組みだ。熊本の「こうのとりのゆりかご」が設立されてから13年、第二のゆりかご設置に至らないまま、関西だけで2000件もの電話相談が寄せられていたことから、神戸を拠点として活動を開始した。
こうのとりのゆりかごin関西の「in関西」という名前は、北海道にできたら「in北海道」、関東にできたら「in関東」というふうに、この運動が全国に広まってほしいという気持ちからつけられたのだと小林さんは語る。
日本でベビークラッペを設置するには自治体の許可を得ないといけないため、現在もなかなか普及しない。こうのとりのゆりかごin関西はベビークラッペを設置しているわけではなく、主に「こうのとり・にんしんSOS LINE電話相談」を実施し、妊娠出産に困りごとのあるお母さんの支援を行っている。日本で唯一運営されている熊本の「こうのとりのゆりかご」も、設立までの道のりは平たんでなく、幸山政史熊本市長(当時)のサポートがあってのものだったという。こうした現状から、こうのとりのゆりかごin関西ではベビークラッペそのものは設置しておらず、相談窓口のみを運営する体制となっている。
70兆分の1の奇跡
「筑波大学分子生物学の村上和雄教授(故人)は、70兆個もある卵子と精子の組み合わせのなかで受精卵となるのはたった一つであり、つまり70兆分の1の確率で私たち一人ひとりの生命が誕生するのだといいます。このたった一つの受精卵は世界中の科学者が集まっても人工的に作ることはできない。一つの命が生まれるのは奇跡であり、そこには何らかの大きな力が存在すると認めざるをえない。その大きな力を「サムシング・グレート(Something great 偉大なる何者か)」と村上教授は名付けました。」(小林さん)
こうして誕生した命なのだから、赤ちゃんもそして自分という存在も大切にすべきだと、こうのとりのゆりかごin関西は考えている。そしてこの考え方から、こうのとりのゆりかごin関西では「堕胎」が「中絶」という言葉に置き換わっている現状について懸念している。
「堕胎は胎児を抹殺する行為を連想させますが、中絶では、受精卵が誕生するプロセスでこれを中断し妊娠を避ける行為であるかのような認識を植えつけます。これでは、性行為の結果すでに受精卵が誕生している実態を想像する余地はなく、堕胎行為の真実が浮かび上がることを阻み、罪悪感が生じにくい意図が含まれています。」(日本カトリック医師会々誌59号出典 小林和 「知らずしらずに広がっている命の選別」エッセイより)
子どもは親の所有物ではない、つまりお母さんのお腹の中にいる子どもも親の所有物ではない。「Something greatの働きによって誕生した尊い命を消してしまう前に、こうのとりのゆりかごin関西に相談してほしい」という願いのもと、こうのとりのゆりかごin関西は活動を行っているのだ。
予期しない妊娠を減らしたい
妊婦さんの相談窓口の増加によって匿名で気軽に相談ができるようになった現在。しかし、小林さんは昨今の相談窓口でのやりとりについて疑問を抱いている。
たとえばある相談電話では、「22週を過ぎていないなら中絶できるから、堕ろしましょう。」と簡単に堕胎を勧めるケースが多々あると聞いている。相談電話の横には、中絶できる機関の一覧表が置いてあるそうだ。そのような現実に、小林さんは「『予期しない妊娠ならはやく堕ろしなさい』という方向に今世の中が傾いている。」と警鐘を鳴らす。
母体保護法の二つの条件が拡大解釈され、堕胎という言葉が中絶に置き換えられたことで、一つの命を抹消することへの罪悪感が薄れ、胎児の命が軽く扱われている現状がある。いまや人工妊娠中絶の件数は報告数だけで(報告されていない件数はこの二倍とも三倍とも言われる)一日におよそ350件(2021年度)報告されており、そのうちの1割弱を10代が占めている。「『赤ちゃんができました、どうしよう』では済まない。今ではその赤ちゃんを助けましょう、思いがけない妊娠をしたその親を助けましょうでは遅すぎる。」(小林さん)
このような状況、また電話相談を受けた経験から、小林さんは「今の若い世代があまりにも自分と異性の体のことをわかっていない、性行為が命の誕生と繋がっているという感覚がない」という印象を受け、思いがけない事態になってから途方に暮れている若者への対応ではなく予防に目を向けたという。
思いがけない妊娠を減らし、お腹の中にいる赤ちゃんの命を守るために、こうのとりのゆりかごin関西では主に中学校へ出向き「生命尊重教育講演」を行っている。性への関心が高まる時期であり、子どもから大人への過渡期でもある中学生の段階で性教育を行うことに意味があると小林さんは力強く語る。また、重大な性被害者は男女ともに中学2年生頃が多いことから、中学生を対象に自分の体のことをもっと知ってもらうことを目的にしているという。
中学生、女性に、そして男性にも知ってほしいことについて「自分が親の所有物ではないように、自分達の意思で行った性行為で生まれた命はあなたの所有物ではない。あなたにはあなたの権利があるように、赤ちゃんにも赤ちゃんの権利がある」と小林さんは語る。
そして緊急避妊薬・ノルレボ錠の危険性を知ってほしいとも話す。「緊急避妊薬は女性のホルモンバランスを極端に崩し、女性の体を傷つけている。20〜30年後の女性の体に及ぼす影響について十分検証しないままに、死に至る危険性があることも十分に伝えられないままに販売されている。どんなに緊急避難的状況であっても、その危険性を十分に考慮したうえで選択してほしい。」(小林さん)
「赤ちゃんまんなか社会」
「いま政府の進めている『子ども真ん中社会』を、私たちはもう一歩進めて『赤ちゃんまんなか社会』にしたい。」(小林さん)
刑法上、胎児は人ではなく母体の一部という扱いになっている。これはお母さんを守るためのものでこう書かれることは仕方ないが、胎児にも命が確かに宿っているということを、全員が忘れてはいけない。こうのとりのゆりかごin関西が掲げる「胎児も社会の一員」という理念を社会全体で意識すれば、一人でも多くの赤ちゃんの未来を救えるのではないか。
人工妊娠中絶の問題は母親だけが当事者なのではない。本人を取り巻く環境や社会体制など、様々な問題が折り重なって中絶という結果に至っている。今回の取材では堕胎を軽く考えないでほしい、生まれてくる命の尊さを考えようということに焦点を当てたが、人工妊娠中絶を選択するほかなかったお母さんも大勢いただろう。そして、生まれることなくお母さんのお腹の中で短い生涯を終えた胎児も多くいたことだろう。母親の孤立出産は今の日本社会の大きな問題である。「トイレで赤ちゃんを出産した」「生後間もない新生児を遺棄した」-このような悲劇をなくすために、これから生まれる子どもたちのために、私たちは社会全体で赤ちゃん、お母さんも、そしてお父さんも、家庭全員が笑顔になれる環境をつくっていかなければいけないと思う。いつか妊婦さんの相談電話のベルが鳴り響かない日が来ることを願い、胎児の小さな小さな命を、少しでも多く零さずに紡いでいきたい-と、小林さんのお話を伺ったいま、切に思う。
取材後記: 優生保護法、菊田医師事件、アフターピルのことなど勉強になるお話ばかりで、記事を書くとき書きたいことが多すぎて困るほどでした。「赤ちゃんポストはマスコミが勝手につけた名前で、当事者はそれを望んでいない」というお話を聞いて、報道に踊らされず自分で正しい情報を探さなければいけないと感じさせられました。
自己紹介: リラックマシリーズが好きです。リラックマの「いそうろうなのに、特に役に立っているわけでもなく、毎日だらだらゴロゴロしている」という紹介文が好きです。リラックマたちのかわいい画像が定期的にXで更新されるので、みなさん見てみてください!