異なる価値観を共有する「対話カフェ」に参加してみた

記者:林遼太朗 Ryotaro Hayashi (17歳)

 2025年1月18日、世田谷区のコミュニティスペース「らくらくハウス」で開催された「対話カフェ」に参加した。東京ヒューマンライブラリー協会が主催するこのイベントは、普段話す機会のない多様な背景を持つ人々と、私たちが直接対話する場を提供している。
 私が参加したきっかけは、高校の英語教科書に「ヒューマンライブラリー」の文章があったからだ。その内容に惹かれ、調べていくうちに東京ヒューマンライブラリー協会が主催する「対話カフェ」の存在を知り「実際に自分の目で見て体験しよう」と考え、参加を決めた。

ヒューマンライブラリーとは

 ヒューマンライブラリーは、デンマークで始まった対話型のイベントだ。人が「本」として、自分の経験を「読者」である参加者と共有する。東京ヒューマンライブラリー協会は「多様な価値観に触れる」事を目的として、毎月1〜2回程度このイベントを行っている。

東京ヒューマンライブラリー協会代表 亀澤宏徳さん

 私が参加した、東京ヒューマンライブラリー協会の「対話カフェ」では、2人の「本」がそれぞれの人生を30分間語り、その後15分間参加者が質問したり感想を述べたりする「対話」の時間が設けられた。対話はとても温かく、相手を尊重し活気に満ち溢れた雰囲気で聞くことができた。

対話カフェで出会った2人の「本」

 最初の「本」役の方は、現在アンプティサッカー*選手の新井誠治さんだ。新井さんは約20年前に血液のがんを患った。自分の子供のために病気と向き合ったが治療が進まず、左足を失った。当時の状況について「足を失った後、自分を受け入れる為に鏡に立つと、そこには包帯を巻いた生き物がいた」と語る。その後、臍帯血移植を行い寛解した。「病気になった自分を恨み、毎日絶望していた」と話す新井さん。スポーツを通じて再び活力を取り戻し、現在は様々な競技に挑戦している。「難しいことがあっても、その時の状況を受け止めて目標に向け取り組むと、未来が変わってゆく」と熱弁する新井さん。筆者自身も悩みがあり、悩みを対話で周囲に共有して会話をしていくうちに、自分の不安が和らいでいった。人と対話すると、自分の心を安定させてくれる効果があるかもしれない。

*アンプティサッカー: 主に上肢または下肢に切断障がいを持つ人々がプレーする7人制のサッカー。国際アンプティサッカー連盟(WAFF)統括の元、世界中で競技が行われている。

自身の体験について、笑顔で話す新井誠治さん

 次に小山祐介さんという方にお話を伺った。小山さんは学生時代、成績優秀で埼玉県から表彰されるほどの方だった。大学卒業後、就職先で上司からのパワハラや仕事から来る精神的なストレスが原因で鬱を経験した。自宅にひきこもるなかで「自分を認めてくれない父と何度も衝突し、誰からも必要とされない現実に絶望した」と語る小山さん。そこから何度も転職を繰り返し、自分を見失った時期もあったそうだ。10年以上前からヒューマンライブラリーに参加しているが、自分の話をしていく中で小山さん自身の変化があったそうだ。「最初は社会に対する怒り等の負の感情がメインであったが、読者と交流するうちに自分に新たな考えが生まれ自分を変えようと思った」と伝える。「人に裏切られたが、助けてくれたのも人だった」と話す小山さん。「自分を取り戻すための試行錯誤」の話に耳を傾けるうちに、筆者や私たちが将来必ず直面していく苦悩を想像した。

過去の境遇について話す小山小山祐介さん

対話を通じて感じたこと

 この「対話カフェ」で、学生の自分では普段お話しする機会がなかなかない人々の生き方や考え方に触れた。挫折や苦労を経験した方々が、それを乗り越えて自分らしく生きる姿に、私自身とても心が動かされた。直接その人の声を聞くことで、文字や映像では得られない「実感」が得られるのがヒューマンライブラリーの良さだ。特別な関係を築かなくても、一瞬の対話から学びを得られることが、どれほど人を豊かにするかを感じた。

最後に

 アメリカの政治哲学者ハンナ・アーレントは「人間の条件」で言葉によるコミュニュケーションを介した「公共的な対話」が現代では不足していると主張した。まさにこの「対話カフェ」は、2025年現在でも「公共的な対話」により人と人との交流を促している。そして私たちが社会との共生を考え、人の暖かみに触れられるイベントだ。私はこの体験を通じて、生きていく社会や多様性とは何かを真剣に向き合って考えることができた。


取材後記: このイベントでは、読者と本役の交流も大きな魅力だ。小山さんの場合、読者のなかに似たような境遇にあった方がいた。その方と小山さんの会話を通じて、私も今まで考えたことがなかった人生や価値観の意味を深く考え、人間的に成長できたと感じた。直接会ってお話しを聞き、人生に触れる。ヒューマンライブラリーへの参加が、私自身を見つめ直すきっかけになるだろう。

自己紹介: 今回はこの活動のメリットを書きます。まず幅広く取材活動をするなかで、多様な価値観に触れられます。10代のこの時期に他人の生き方や職業を深く知る機会はなかなか他では得られません。自分の行動力次第でどこまでも取材対象を追いかけられるので、興味がある人は是非チャレンジしてください。