記者:藤原沙来(16)
ちゃぶ台を囲んで家族みんなでの食事。今日の出来事をみんなで振り返って笑いあう。つい数年前まで、このような光景は日本では当たり前だった。それが今では、家族それぞれが会話もせずに黙々と食べることに集中し、誰かが食べ終われば入れ替わるように他の人が食事をする。いつからこんなに変わってしまったのだろう。
『食育』を日本で初めて提唱したのは服部 幸應氏(61)である。彼は、1990年ごろから、数多くの本や冊子で食育の重要性を訴え広めようと、『食育』活動を率先して推進してきた。すでに約15年間行われてきた『食育』だが、国内で浸透し、実践されているかどうかを見てみると、限られた人にしか結果が見られないように思える。そこで、私達は食育についてより詳しい話を聞くため、服部幸應氏に取材をした。
服部氏が『食育』を推進するようになったきっかけは、「15年前に学生を対象にした食に関するアンケートを行ったところ、多くの学生が朝食をとっていないことが分かった」からだという。「人間を育てるには食卓を通して様々なことを伝えることが効果的なのに、朝食抜きでは、一人前になるために身につける礼儀を親から学ぶ機会が減ってしまう。その結果、人間としての教養や礼儀が身に付いていないまま大人になる人が増えてしまった」。また、そんなふうに育った親が、礼儀について教えられず、さらに悪循環が起きていると嘆く。
両親と食卓を囲んで一緒に食事をすることで、礼儀が身につき、精神的にも肉体的にも成長していくことができる。だからこそ、食卓での『食育』を一番に訴え、学校での食育指導をはじめ、一人でも多くの人に意識を高めてもらおうと積極的な活動を続けている。
一方、英国での『食育』はどうだろう。日英交流プログラムでBelfast・Londonderry・Londonを訪れ、同世代の学生に取材をしてみると、どの学生も、Jamie Oliver氏(31)の名前を挙げた。Jamie 氏は服部氏と同じように英国で『食育』を推進した第一人者である。『食育』の推進者の名前が出ることからわかるように、英国では『食育』の意識は浸透しているようである。そして、食への意識の変化が顕著に現れたのが、学校給食だという。そこで、Londonの公立小学校の教師をしているPaul Murphy氏(31)に学校での『食育』の指導の実状を聞いた。
Paul氏の学校では、「給食の食材は新鮮な野菜や肉になり、冷凍食品は無くなって、ヘルシーになった」そうだ。さらに、生徒が主体となって健康・薬・体の成長について考える「PSHE(Personal Social Health Education)」を取り入れた授業を行い、先生が一方的に教えるのではなく、生徒が自分の健康について考えられるようなサポートをしている。また、家庭科とは別に食に対する意識を高めるためのカリキュラムを組み、「Cooking time」を特別に設け、1年に1回、1週間、体育・スポーツを集中して行う活動も行っている。今後は、「生徒に食に対して興味を持ってもらうために、School garden (生徒自身が野菜や果物を作る)をやるつもりだ」とPaul氏は言った。
現在の英国では、肥満改善のための医療費の負担増が「Every Child Matter」と呼ばれ、問題となっている。このようなダイエット問題も食育推進の背景にある。
英国では、食に関する教育が家庭科から独立したのに対し、日本では『食育』の授業が家庭科以外の授業に組まれているという話は聞かない。それぞれの学校が推進しているのが望ましいが、実際は英国と同レベルの食に関しての教育がされているかどうかはわからない。日本の場合、『食育』への意識が全体的に低く、きちんと箸を持てない先生が生徒に箸の持ち方を注意したりすることも、『食育』が効率よく推進されない一因だろう。英国ではJamie 氏の提唱後、地域差はあるが、食に対する意識が変わり、新たなプログラムに取り組む学校が増えた。それに対し、日本では、『食育』について詳しく知り、実生活で生かしている一般の人は少ないのではないだろうか。
服部幸應氏が『食育』の推進を呼びかけ始めた後すぐに、英国のように学校で取り組むなどの具体的な働きかけを国や行政が学校や家庭にしていれば、食に対する意識は今よりもずっと高くなっていたことだろう。授業として教育の一環として組み込めば、『食育』に関するテレビを観ることや本を読むことよりも、平等に子どもに意識付けができ、浸透も早いはずである。学校で学べば、大人も軽視することなく、服部氏が言うような、「今の大人に『食育』を推進してもなかなか浸透しない」といったことも無くなるだろう。民間に任せるのではなく、国が本格的に『食育』に取り組み、義務教育に取り入れるべきではないだろうか。