ありのままの自分を認める
記者:邊愛 Pyong Sarang (17)
「自己肯定感」という言葉を最近よく耳にする。1994年に臨床心理学者・高垣忠一郎が提唱した心理学用語だが、この自己肯定感が、日本では子どもだけでなく大人も低いという。しかし、格差社会、人生勝ち組負け組、ルッキズム・・・そんな言葉たちがまだ高校生の私でも気になるくらい身の回りにあふれており、なかなか自己肯定感を高められない。このような社会を変えようと自分を好きになる方法を広める活動に取り組む、小児発達学博士で株式会社子どもの笑顔 代表取締役の岩堀美雪さんに話を伺った。岩堀さんは、自己肯定感を「欠点も長所もあるありのままの自分を認めこれでよいと思える気持ち。一言でいうと自分のことを好きかどうか。」と定義している。
岩堀さんの学生時代
岩堀さんは、高校から大学にかけて自分のことが大嫌いだったと当時を振り返る。周りに比べて高い身長と大きな手足がコンプレックスで、その自信のなさから恋人と破局し、ショックを受け自殺まで考えたが、ある出来事が岩堀さんを変えたという。
「毎日泣いて泣いて泣き疲れた時、手のひらの上に本当の自分がいるような感覚になったんです。でもその自分は、なんか薄くて小さくて今にも消えそうになっていて。それを感じて、私が今生きている自分のことを、この子のことを好きでいてあげなかったら、何のために生きていて何のために生まれてきたんだろう、と思ったんです。」
この時の体験から、ありのままの自分を少しずつ受け入れるようになれたそうだ。「自分の中にある、どうしても受け入れることができないコンプレックスは直さなくていい。欠点も含めて『いいや、これが自分なんだ』と認めてあげることが大事。」この言葉は、つらい過去を乗り越えた岩堀さんだからこそ出てくる言葉なのだろう。
宝物ファイルプログラムとは?
自分を好きになるには何が有効だろうか。セミナー?カウンセリング?それとも自己啓発本? 岩堀さんは、子どもの自己肯定感を高める方法として「宝物ファイルプログラム」を提唱する。「宝物ファイル」に必要なのは、クリアファイルと紙とペンのたった三つだけ。ポケット式のクリアファイルに自分にとっての宝物を入れていく、というシンプルな方法だ。ここでの「宝物」とは、友達・クラスメイト・家族・先生からの言葉や、自分の目標、好きなもの、がんばったことなど、とにかく自分の大切なもの。それをいつでも見返すことのできる状態にしていくことで、自己肯定感を上げていく仕組みだ。
宝物ファイルプログラムをクラスで実施する際、自分の良いところを紙に書いてもらう以外に、友達同士でお互いの良いところを書きあうのがポイントだ。これには大きな意味があり、「自分でも気づかなかった長所を他者から認めてもらうことは、子どもたちにとって驚きとうれしさが混ざり合ったかけがえのない経験になります」と岩堀さんは言う。
「自分を愛せないと他人も愛することができない」という言葉があるように、自己肯定と他者肯定には密接な相互関係がある。人を認める力を育むことは自分を認め愛することにつながる。
自己肯定感が「育まれる要因」と「失われる要因」は表裏一体であり、影響を与える要因は「ソーシャルサポート」と「自分の目指す場所と現実との差」の二つだと岩堀さんは語る。ソーシャルサポートとは、周りの人たちや自分を取り巻く社会(家族、友達、先生など)から、どれだけ肯定的な言葉をかけてもらったかということであり、肯定的な反応を受ければ受けるほど、自己肯定感が高まる傾向にある。
「自分のことが好き」=ナルシスト?
私(記者)は、学校で「自分のことが好きそう」という陰口をたびたび耳にする。自分のことが好きだというのは恥ずかしいことで、隠すべきだという空気が、教室に確かに存在する。そう岩堀さんに話すと、こんな答えが返ってきた。
「『自分のことが好き』には、自分のことだけが好きだといういわゆるナルシスト、そして自分のことも周りのことも好きだと思える気持ちの二つがあります。前者は自己愛性人格障害とも呼ばれる不安定な自己肯定感。後者は長所も短所もある、ありのままの自分を認め、これでいいと思える本当の自己肯定感のことです。」
本来ナルシストとは、自己愛が強い自己陶酔型の人という意味で、健全な自己愛とはかけ離れた状態を指す言葉である。未熟な自己愛が「誰かに評価される自分でいなければいけない」という強迫観念を生んだ、自分を認められていない状態のことだ。このナルシストという概念だけが世間に広まったことで、健全な「自分が好き」という気持ちまで否定的に捉えられるようになってしまった。
変わっていった子どもたち
宝物ファイルプログラムを通して変わっていった子どもたちの中で、岩堀さんは特に印象深い二人の話を聞かせてくれた。
「授業中に手も上げられないような、とっても自分に自信のない5年生の男の子がいました。その子は、自分の良いところを書くという時間で、一つしか書けなかったのです。ただその一つも、なんでもいいから最後に何か書かなくちゃと思って無理やりにひねり出したものでした。そんな彼が、家族や友だちから自分のいいところを書いてもらったら、どんどん自分に自信がついていきました。そして、同じ年の2月には24個も書けるようになりました。6年生になると体育大会の応援団長に自ら立候補して、立派にその役目を果たしたのです。
もう一人のエピソードは、私が小学3年生を受け持つことになった初日に出会った子でした。体育館の式で『欠席はゼロだな』と思ったのが、教室に行くと机が一つ空いていることに気付いたんです。おかしいなと思って教室を見渡すと、窓際に座り込むその子がいて、目が合うなり『うーっ』と唸られたんです。それが初めての出会いでした。
授業が始まっても何もしない、教科書も出さない、ノートも出さない。宿題も一つもやってこない。そんなその子のために何ができるだろうと思って、宝物ファイルプログラムと並行して週に一度放課後の個別指導を始めました。すると二学期の終わりに単元テストでその子が満点をとったんです。友達からも『お前、やればできるんじゃないの』と言われて、とてもうれしそうでした。彼は宝物ファイルプログラムで自分に自信を持つだけでなく、学習への意欲も向上させていきました。 」
年度の終わり、1年間で自分が成長したところを書いた時、その子はこう書いたそうだ。「勉強が好きになったところ」「自分のことが好きになったところ」。
宝物ファイルプログラムのこれから
岩堀さんはプログラムをさらに広めるために、その効果を科学的に証明して論文として世界に向けて発信しようと、2015年に大阪大学大学院後期博士課程に入学して研究を開始した。その効果を検証した論文は、2022年に海外のジャーナルに掲載され、同じ年に大人版の宝物ファイルプログラムを開発したそうだ。さらに、2022年には宝物ファイルプログラムを実施するための子供用テキストを製作し、全国の小学校に無償で配布するなど、老若男女問わず広めてきた岩堀さん。昨年度は全国の小学校で6500人もの児童が宝物ファイルプログラムに参加し、今年度もおよそ5200人もの児童が参加しているという。
「やっぱり子供たちを元気にするにはまず、大人も元気でお互いを認め合える世の中でいなきゃと思うんです。お父さん、お母さんがいつもイライラして怒ってばかりだと、子どもも萎縮して自己肯定感が下がってしまいますよね。」
また2019年には、国の垣根を越えてカンボジアで宝物ファイルプログラムが実施された。ボス(上司)の言うことが絶対という文化のカンボジアでは、自分より身分の高い人に自分の意見を言う機会が少ない。ある女性は、プログラムのなかで初めて周りの人たちに自分の話を聞いてもらうという体験をし、自分も意見を言っていいんだと気づけたという。自己肯定感の育成を通して、岩堀さんが掲げる最終目標は「世界平和に貢献すること」だ。
「世界中の子供たち、そして大人が自分のことも他人のことも大好きで、自分の国も他の国も大好きで、私の宗教もあなたの宗教もそれぞれいいところがありますよね、という考えの人が増えたら悲しい戦争も減らせると思うんです。」
自己肯定感は一朝一夕で得られるものではないけれど、「これでもいいや」と足りない部分を少しずつ許容していくことで、自分も、そして見える世界も変わっていくのではないか。「この取り組みが、自分を好きになれないすべての人に届いてほしい、自分と自分を取り巻く環境が、『宝物」だと気づいてほしい」、そう祈る岩堀さんの今後の活動にこれからも目が離せない。
取材後記: 岩堀美雪さんのお話のなかで一番興味深かったのが、「コンプレックスだった自分の高い身長を許したら、大人になって身長が5㎝伸びた」というエピソードでした。最近では「中顔面」「二重まぶた」「美白」など、まるで人の容姿には正解があって、その中に含まれていないものは不正解・変だと簡単に判断する、見えないものさしが今の世の中に存在すると感じます。しかし、今回の岩堀さんのお話から、自分のものさしで自分を肯定することの素晴らしさを学びました。
記者雑感: 取材した私自身、自己肯定感のなさからくる緊張症にずっと悩まされていたので、いつか自己肯定感をテーマに記事を書きたいとずっと思っていました。コンプレックスを乗り越えて今を明るく生きる岩堀さんの「宝物ファイルプログラム」が、もっと多くの人々に広まってほしいと思います。