三崎 友衣奈(18)   

 国連気候変動枠組条約第15回会議(COP15)では、目的とされていた法的拘束力のある温室効果ガス削減目標の同意は難しい。このような懸念は、会議が開幕した12月7日以前からもたれていた。しかし、これほどの事態を誰が予想しただろうか。
会議では先進国と途上国との交渉は決裂に近い状態で、17~18日にかけて各国の首脳がコペンハーゲンにそろうまで、最悪な結果を誰もが想定してしまうような状況だった。そして、会場であるベラセンターの外もやはり混乱していた。

 COP最終週の始まりである12月14日、ベラセンター前には入場許可証の登録を待つ人が長蛇の列をつくった。その列は隣の駅まで続いていた。NGOやメディアの人々である。私たちもそのグループの中の一つで、朝9時から並んでいた。だが、列はなかなか進まない。雪のちらつく中で、国連からのアナウンスは昼ごろの「登録手続きの機械の故障のため一時間に15人しか入場できない」と、夕方前の「入場者が大変多く、会場内の人が出ないとこれ以上人を入れられない」という報告だけだった。この時点で収容人数1万5千人のセンターに1万7人が入っていた。
「Let us in!」、「Shame on UN!」、「Explanation!」とNGOやメディアの人々が声をそろえて叫びだしたのは、その報告のしばらく後だった。会場内からぞくぞくと人が出てきたにも関わらず、外で待っている人々は一向に中に入れなかったためだ。複数の警官がガードしているフェンスに向かって、人々は強く訴えかけた。
「What do you want? ――― Entrance!」「When do you want it? ――― Now!」。 そして、本来はNGOの人々とは別枠であるはずのメディアは、ようやくNGOの列と別に列が設けられ、しばらくたってから入場することができたようだった。  

バリゲート

 国連が待ちくたびれたNGOの人々にようやくはっきりとした説明をしたのは、17時30分になってからだった。「本日はもう人は入れられない。明日の朝8時にここで並べば登録手続きを開始する」。大ブーイングが起こるも、少なくとも午前7時頃から並んだ人々は入れることはできなかった。
 翌15日、私たちが午前7時にベラセンター駅を降りた時にはすでに多くの人が集まってきていた。ところが、ここにきても国連のアナウンスは矛盾していた。「Secondary Card」と呼ばれ、COP第二週目の入場制限のためのパスを持っていない人は入れないというのである。このパスは第一週目の「バッチ(登録証)」を持っている人しかもらえず、前日に登録できなかった私たちはバッチを持っていないという理由で会場内に入るのをあきらめざるを得なくなった。
結局、NGOの中でSecondary Cardを入手して会場に入ることができたのは世界的に名が知れていて実績のある大きな組織だけだった。その組織ですら入場する人の数を制限され、水曜日からはNGO関係者は一切入ることができなかった。これは異例の事態である。COPの常連という経団連の女性は「バリ会議のときもケニアでもこんな不都合はなかった」と不満気だった。
困っていたのはNGOだけではない。30年間環境問題を追い続けてきた韓国の新聞記者Cho Hong Sup氏やベルギーからのテレビ局のカメラクルーなど各国のメディアも8時間以上並ばされるという事態に驚いていた。
国連の不手際もさることながら、これほど予想をはるかに上回る人が駆けつけたCOPも今までなかっただろう。注目度の高さは重要性を示す。あれほど多くの人々が世界の国・地域からコペンハーゲンへ来て、強くCOP15の現場にいることを願望する様子は、まさしく世界の人々の環境問題への危機感を表しているように見えた。
今回、多くのNGOの人々が会場にすら入ることができなかったのは大変残念だった。これらの人々の熱い意思も決議に取り入れられるべきである。