建部祥世(18)

 「ガラスの天井」という言葉を聞いたことがあるだろうか。表向きは平等に見えるのだが、実力や実績があるにも関わらず、性別や人種が理由で組織内での昇進・昇格が制限されてしまうということを意味している。

 男女雇用機会均等法や育児・介護休業法などの制定により女性にとってさらに働きやすい環境づくりがなされているのだが、働く女性の数が増加してはいるものの、管理職などといった組織のトップになる女性の数が日本はまだまだ少ないという。米大手国際会計事務所グラントソントンが2009年に36カ国の国と地域、7200社を対象に行った調査では、民間会社における女性管理職の割合が一番高いのはフィリピンで47%、2位はロシアで42%、3位はタイで38%と調査平均24%。その中で日本は7%と最下位である。

 しかし「ガラスの天井」を打ち破って各界で活躍し、経営トップを目指す女性たちのロールモデルとなっている女性リーダーたちもいる。彼女たちが経営トップとしてどのようなことを心がけているのか、そしてどのように天井を打ち破ってキャリアアップを果たしてきたのかを知りたいと思い、9月19日から21日にかけて東京・京王プラザホテルで行われた「第15回APEC女性リーダーズネットワーク(WLN)会合」へ取材に行った。

 WLN会合とは、APECに加盟する21エコノミーの産業界、学界、行政、民間団体などの女性リーダーからなるネットワークで、APEC関連の会合の1つであり、男女共同参画社会の実現のために女性達の経済活動の発展に寄与することを目的として、毎年APEC議長国によって持ち回りで開催されている。パネリストとして数々の大手企業の重役を務め、現在は横浜市長として活躍されている林文子氏、ニュージーランドでアジア系としては初めて国会議員に選出された女性政策大臣のパンジー・ウォン氏など50名以上の女性リーダーの他に、APEC各国・各界で活躍する女性たち500名が参加した。

APEC女性リーダーズネットワーク(WLN)

 多くのパネリストたちが口にしていたのが、「ダイバーシティ(多様性)」という言葉だ。株式会社資生堂代表取締役の岩田喜美枝氏は、「ダイバーシティ経営は新しい価値を生み出せるが、モノカルチャーな組織は変化に対応できない」と、多様な企業構成の効果や必要性を力強く述べていた。ニュージーランド女性政策大臣のパンジー・ウォン氏によると、上位25%の企業は下位25%の企業よりも多くの女性を雇っているという調査結果もあるそうだ。

 企業の多様化の第一歩が女性の雇用だが、それをなかなか実現できないのが日本を始め、世界各地における問題点である。どのようにこの問題を解決していくかについて一般参加者の女性は、「若い女性が女性文化を変えていかなければならない」と女性自身のモチベーションアップや考え方の変化の必要性を述べた。その一方で林文子氏は、「育児休暇を取る女性が85.6%に対し、男性は1.72%に留まっている。女性が働くには、男性の働き方を変えなければならない」と述べ、また他の一般参加者の女性は、「女性についての男性の考え方を変えていかなければならない。そのためには中学校や高校での教育が必要ではないか」と、男性たちの変化も求めている。企業が多様化するためには女性と男性、双方の考え方の変化が欠かせないようだ。会合の参加者のほとんどが女性ということで、「WLN会合こそモノカルチャーではないか。多様化を目指すのならばこの場にもっと男性の参加者を招くべきだ」という声も会場から聞かれた。

 また女性がリーダーにのぼりつめるために必要なものは「自信」であるということを、パネリストたちは口をそろえて述べていた。なかでも林氏は「女性には女性の強み、男性には男性の強みがある。だから私たち女性はもっと自信を持とう!」とメッセージを発信し、「周りを見る・知る感覚、人の話を聞けるという優しさや共感力、これらが女性の強み」だと述べていた。林氏はホンダやBMWのセールスとして一日に百件以上も訪問する日々を送ったこともあり、男性優位の社会でどのようにしたら認めてもらえるか、結果を残せるかと試行錯誤しながら仕事をしてきた経験から、これらの強みを発見してきたそうだ。

 タイのコンサルティング会社インテージ・タイの取締役であるダンジャイタウィン・アナンタチャイ氏は「Empathetic(共感)」「Encouragement(奨励)」「Empowerment(向上)」という3つのEを、そしてパンジー・ウォン氏はABR:「Ask(尋ねる、頼む)」「Believe(信じる)」「Receive(受け取る)」を心掛けているという。また豪大手炭鉱会社マッカーサーコールの最高経営責任者のニコール・ホロウス氏は、「物事を迅速に考え、すぐに行動に移すことが大切。」と、柔軟性と機敏性の重要さを述べていた。

会場からの質問に答える林文子氏

 そしてリーダーになるためにはやはり、人的ネットワークが肝心だそうだ。シンガポールのアグファ・アセアンで地域販路マネージャーを務めるテリー・テオ氏は、「リーダーになるには80%がコミュニケーション力」とし、ネットワーク構築のためにはコミュニケーション力が欠かせないということを力説した。

 パネリストたちはそれぞれの国や業界で心掛けや信念を持って努力してきた結果、性別が理由で社会によって作られた「ガラスの天井」を打ち破り、リーダーとして活躍することが実現した。しかし、プルデンシャル生命保険株式会社(韓国)最高執行責任者のビョン・オク・ソン氏に、「あなたはどのようにして『ガラスの天井』を打ち破ってきたのですか」と尋ねると、「『ガラスの天井』など始めからない。私たち女性は私たち自身でそれを作りあげている」と意外な答えが返ってきた。 

 「もしかしたら『ガラスの天井』は自分の中にあるのかもしれない」と自分自身について、そして将来について、考え直させてくれるきっかけとなる取材だった。