作者 大白小蟹さんに聞く

記者: Haruka Inami (11)

ジェンダーバイアスを描いた話題のWEB漫画、『みどりちゃん、あのね』を描いた沖縄出身の漫画家 大白小蟹(おおしろこがに)さんに取材をしました。大白さんは子供の頃からジェンダーバイアスが入った発言や行動に違和感を感じていたそうです。「社会がジェンダー格差を許さないでいることが大事」と語ってくださいました。ジェンダー格差を解消するためにはどうすればよいのでしょうか?
記事にはネタバレが含まれているため、ぜひはじめに『みどりちゃん、あのね』(株式会社トゥーヴァージンズ 路草コミックス編集部)を読んでみてください。https://michikusacomics.jp/product/midorichan

  皆さんは「ジェンダーバイアス」という言葉を聞いたことがありますか?ジェンダーバイアスとは、無意識のうちに「女の子らしさ」や「男の子らしさ」を求めたり、性別だけで人の役割を決めつけたりしてしまうことを指します。 そんなジェンダーバイアスの問題に正面から立ち向かうWEB漫画『みどりちゃん、あのね』が話題です。作者の大白小蟹さんに取材しました。

価値観のズレで悩む人に読んでもらいたい

『みどりちゃん、あのね』で、登場人物のみどりちゃんや静ちゃんたちが男性陣に立ち向かっているシーンが正直スカッとしました。この漫画を描いたきっかけと理由を教えてください。

大白さん:この漫画は、子供時代の自分のために描いています。今描いている第二話では、実際に私が地元に帰った時に耳にした言葉を使っています。「野球でいえば、男の子はストライクで、女の子はボールだね」ということを冗談まじりに言う人がいました。

なんだか失礼な発言です。

大白さん:はい。それを聞いていた周りの人達も否定せずに笑っている、ということがありました。その時に「このセリフを核にして漫画が描けそうだな」と思いました。これは私の実体験ですが、男女の格差ってやっぱりあるなと。

そうだったんですね。フェミニズムやジェンダーの問題についてはどのように考えていますか?

大白さん:子供の頃から男女の格差に違和感を抱いて、怒っていました。私の世代ぐらいだと、ジェンダーについて関心があり、フェミニズムを勉強していて、今の日本の男女の扱われ方の違いがおかしいと思っている人はたくさんいると思います。でも、「問題があるのは分かったけど、変えていくためには実際どうしたらいいんだろう」と悩んでいる人も多いと思います。そしてジェンダーのことはもちろん、それに限らず親や家族、恋人との価値観のズレに悩んでいる人も。そういう人達に向けて描いています。私の中に答えがあるわけではなく、考えを深めるために描いているので、どこまで上手く描けるかは描いてみないと分からないのですが…。

記者が選んだ印象に残った場面(提供:路草コミックス編集部)

描かれる様々な場面

私はおばあさんが「料理して子供産むのが女の仕事さ」とみどりちゃんをたしなめるシーン(場面)に腹が立ちました。同じ苦しみを味わってきているのに、同じ性別の女性を攻撃しているのがおかしいと思いました。

大白さん:おばあさんのシーンについては、私の祖母も実際にそういうことを言う人でした。祖母を含めて地元の高齢の人達はそういうことを言いがちでした。

おばあさんに対してどう感じておられたのですか。

大白さん:そんな祖母でしたが、私は全然嫌いではなく、むしろ好きでした。相手には相手の生きてきた人生があって、社会の中で常識とされていることや価値観は変わっていくものです。相手の生きてきた歴史があり、その上で今の考え方になっているのだと思います。全部が自分と同じ考えになる必要はないです。でも大人がよく言う「その人にはその人の事情があるからわかってあげなさい」という言葉を、Harukaさんのような若い人に対しては、私は言いたくないです。Harukaさん(記者)が腹が立ったという気持ちもわかります。その気持ちも忘れないでほしいです。

描くのが難しかったシーンと、特に印象に残っているシーンは何ですか?

大白さん:第1話のラストで、みどりちゃんがお兄ちゃん(静のお父さん)と面と向かって話をして、親戚の男性たちに家事をさせるシーンが難しかったし悩みました。 最初はお酒飲み対決をしてみどりちゃんが勝って、男性陣に家事をさせようと考えていましたが、「力で力に勝つ」みたいなシーンになると(女性は男性の土俵に立って戦わなくてはいけないと思わせてしまうから)それは嫌だなと思ってやめました。

そうだったんですね。では、どのように場面を変えたのでしょうか?

大白さん:たとえ家族という小さな集団であっても、組織を変えていくためには、たった一人が強くなって変えるのではなく、そこにあるシステムを変えるとか、そこに変化を促す装置みたいなものを持ち込むのが必要ではないかと思って、親戚の男の子におこづかいをちらつかせました。いわゆる「根回し」です。置かれている状況を変える工夫をしました。

記者が選んだ印象に残った場面(提供:路草コミックス編集部)

男性側の一部を味方につけて状況を変化させたのですね。

大白さん:そうです。社会の中に差別の構造があって、差別をされている側として不利な立場の女性がいます。一方、差別されていない立場としての男性の中には、意図的に差別に加担している人も一定数はいると思いますが、何も考えていない人も多いのではないかと思います。漫画に出てくる親戚のおじさん達、男の従兄弟たちは「何も考えていない人達」つまり「手伝いをしないでただ座っているだけでいい人達」です。何も考えていない人達は、多数派に流されている。なので、多数派が差別をされる側の味方についたら、流れが変わるんじゃないかと思って。最後の展開は若い男の子たちを味方につけて、差別される側の数を増やして空気を変えていく、という展開にしました。

読者からの声

連載を始めてから、読者からの感想や反応はいかがですか?

大白さん:共感してくれる声がたくさんあって嬉しかったです。地元だけではなく、いろんな地方に住んでいる人達から「うちもそう」という声が多かったです。地方だけではなく、東京の人達からも同様の声をもらいました。

私と同じ沖縄の出身で、「長男として生まれて、家の中で他の兄弟と違って特別扱いをされることが居心地が悪かった」という声もありました。「みどりちゃんみたいなおばさんになります」「すでにみどりちゃんになっています」といった声もあって、頼もしいなと思いました。

漫画のように、女性だけが家事をして、男性は家でくつろいでいるなど、今でも女性に家事育児の負担が偏っていることに対してどう思いますか?

大白さん:やはりそれは平等になってほしいなと思います。今政府が女性の社会進出をすすめているけど、女性が仕事も家事も育児もしないといけない、というのは負担が増えるだけではないでしょうか。女性の社会進出と女性の家事育児の負担を減らすことはセットだと思います。

記者が選んだ印象に残った場面(提供:路草コミックス編集部)

ジェンダー格差解消に向けて

日本でジェンダーバイアスやジェンダー格差を解消していくにはどうすればよいと思いますか?

大白さん:私もどうしたら良いかとよく考えるのですが、政治を変えることが一番大事だと思います。そのためには、今の政治にNoと言わないといけない。やはり選挙結果が変われば、政治が変わり今ある問題が解消されると思います。

選挙に行って自分の票を入れることが、政治を変えるための大きな力になるということですね。

大白さん:そうですね。男女格差や、ジェンダー格差を温存する人達ではなく、それを変えていこうとする人達に投票していかないとなかなか変わっていかないですよね。そして、そういう人達が勝つには、やはり有権者が変わらないといけない部分があるのかなと思います。

無意識のうちにジェンダーバイアスを持っている人も多い気がします。

大白さん:はい、無意識にジェンダーバイアスを内面化している人が「これって思い込みかも」と気づく機会が社会の中に沢山あるのがいいのかなと。私は漫画というメディアにはそういう力があると思って活動しているし、最近では「虎に翼」というNHKの朝ドラもジェンダーバイアス解消を意識していますよね。色んな人達がそういう価値観を発信し続ければ、一人ひとりに少しずつ影響を与えていくと思います。また、メディア以外でも一人ひとりが自分の身近な人に対してジェンダー格差のある発言に対して「それはおかしい」と指摘するようにする。そういうことを周りから言われるようになれば、今まで何も考えていなかった人が「自分の考えは間違ってるかな?」と疑問を持つようになるかもしれません。社会がジェンダー格差を許さないでいることが大事なのではないでしょうか。

難しいテーマをわかりやすく

大白さんの作品は、社会問題を扱いながらも、温かみのあるタッチで描かれていて素敵だなと感じました。難しいテーマをわかりやすく伝えるために工夫されているところを聞かせてください。

大白さん:どの作品を描く時も気をつけているのは、自分が本当に思ったこと、感じたこと、身体感覚(暑かった、寒かった、美味しかったなどの体の感覚)をどこか1箇所必ず入れるようにしています。 社会問題を描くのも、出発点は自分が「くやしい、嫌だな」と思ったことから始まっています。

なるほど。自分の真実の感情や体験を作品に織り込むことで、リアリティのある物語になるのですね。ちなみに、この漫画に、自分の経験や身の回りのエピソードが反映されている部分はありますか?

大白さん:第1話の親戚の集まりは、自分の子供の頃を思い出して描いています。おばあちゃんの言動もそうだし、最近帰省した際に親戚が「若い人たちから学ぼうよ」と言っている場面があって、それをみどりちゃんのセリフに取り入れました。こういった問題が根強く残っている部分もありますが、地元は地元で少しずつ変わっていっていると感じるので、その変化を取りこぼさずに描けたらいいなと思っています。

記者が選んだ印象に残った場面(提供:路草コミックス編集部)

『みどりちゃん、あのね』を通じて、読者にどのようなメッセージを伝えたいですか?

大白さん:読んだ人がそれぞれ自分に刺さるところを見つけてもらうのがいいのかなと思います。その上で強いて一つ言うなら、「自分は無力だと思わないで」と言いたいです。一人ひとりの意識が変わって、小さなことでも行動にうつしたり、自分の尊厳を傷つける発言を許さないようにすることで、世界は変わっていけると思います。

最後に:おすすめの漫画

それぞれの意識と行動の積み重ねが、社会を変えていく力になるということですね。最後に中高生のときにハマった漫画やおすすめの漫画を教えてください。

大白さん:中高生の頃から岩本ナオ先生の『街でうわさの天狗の子』という作品が大好きでした。今連載中の『マロニエ王国の七人の騎士』もおすすめです。『街でうわさの天狗の子』は主人公が秋姫ちゃんという天狗と人間のハーフで力持ちなのですが、秋姫ちゃんの力を使って、周りのピンチを救うシーンもあります。絵もめちゃめちゃかわいいし、セリフも面白くて最高です。大人になって読み返すと、秋姫ちゃんはすごいパワーをもった女の子ですが、周りの人たちもそれを受け入れてからかわれてないのがいいなと思います。他にはヤマシタトモコ先生やよしながふみ先生(小学生にはちょっと早いかな)の作品は、大人になってから読んだのですが、中高生の頃に出会っておきたかったです。

ぜひ読んでみたいです。『みどりちゃん、あのね』の続きも楽しみにしています。本日は貴重なお話をありがとうございました。


取材後記: ジェンダーバイアスについてどう問題を解決できるか、大白さんからたくさんのアドバイスをいただきました。「自分は無力だと思わないこと」というメッセージに強く共感しました。 私も、一人ひとりができることを見つけ、行動を起こしていくことが社会を変える力になると思います。

自己紹介: Vtuber星街すいせいちゃんが歌う「ビビデバ」という曲のダンスを練習しています。VRoidを作って楽しんでいます。