原衣織(16)

 非行少年の凶悪性や少年法の改正ばかりが取り沙汰されているが、少年院について正確な、十分な知識を持っている人は多くないのではないか。日本の少年院は実際にどのような矯正教育を少年に施しているのか、少年院にいる少年たちと同世代の子どもの目から見た現場の姿を世間に伝えたいと思い、少年院を訪れることにした。

多摩少年院とは?

 新宿から 45 分の小さな私鉄の駅から歩くこと数分。細い道を入っていくと、右手には畑、左手には住宅地が広がる。その向こうに、「多摩少年院」はあった。

 今回私が訪れた多摩少年院は、大正 12 年に発足した日本で最初の国立少年院であり、その規模においても日本で一、二をあらそう。現在は 17 ~ 20 歳の生徒が 194 名おり、職員は 68 名。ほぼ毎日のように少年が送致され、それぞれが1年ほどの時間を過ごす。

 小高い丘の上に立つこの少年院には、7つの寮や、 12 、 13 の教室が入る建物、体育館、グラウンド、職員室や会議室が入った庁舎のほかに、プールや畑まで設置されており、一見、寄宿学校のようだ。

 7つに分けられた寮は全寮制の寄宿舎のようなものでもあり,また,学校でいう「ホームルーム」のようなもので、一つの寮に 25~30人の少年が生活している。各寮には担当の教官が5~6人ついており、夜も交替で当直をするという。

 話をしてくれたのは、この少年院で 教育調査官 を務める 小山馨氏だ。

多摩少年院教育調査官 小山馨氏

少年院の一日

 絵に描いたような「規則正しい生活」だ。

 起床は朝7時。朝食や朝の歌、朝の体操などの後、およそ 20人ごとの小グループに分かれて畑作業やパソコンなどをする「教育活動」を約3時間。その後昼食をはさんで夕食までの4時間半は再び「教育活動」。夕食後には、一人の問題をみんなで考えるなど「お互いを高める」ための時間である「集会」や、寮の先生が社会常識やビジネスマナーなどを説く「教養講話」などが行われ、その後は日記の記入と「自己計画学習」。この後8時から9時までは、「テレビ視聴」と、その日の出来事や勉強についてなど先生と一対一で話し合う「面接」の時間。各寮に1台あるテレビを見ることができるのはこの時間のみだが、この時間にも勉強をする生徒もいるという。最後に「一日の反省」を行った後、夜9時15分には就寝する。

 少年たちにとっておそらく今までの生活スタイルとは 180度違うであろうし、自由な時間はほとんどない。「畑作業」など外に出る機会を利用して脱走を考える子などはいないのだろうか。この質問に、小山氏は「入ったばかりの頃は、やはり『外に出たい』という気持ちが強い。しかしここでしばらく生活していくうちに、少年院での生活が自分にとってプラスであることを感じたり先生や仲間との絆が強くなったりするので、脱走したいという気持ちは薄れてくる」のだと言う。

さまざまな取り組み

少年院で少年がすべきこと、しなくてはならないこと。それは、自分の内面を見つめ、被害者や家族の気持ちを知ること。そして何より、心から自分の罪を反省することだ。そのためにここ多摩少年院では、さまざまな取り組みを行っている。

 社会生活を円滑に送るために人と接するときのスキルをロールプレイなどを通して学ぶ SST (ソーシャル・スキルズ・トレーニング)と呼ばれる訓練や、自分が起こした事件の被害者の気持ちになって、加害者である自分自身へ手紙を書くことで被害者の気持ちを知る訓練などがある。

 最近よく行われているのが、3、4人のごく少数の希望する生徒を集め、時間と場所、メンバーを限定したうえで「自分の非行歴」について話し合うという試みだ。従来、少年が自らの非行の内容について詳しい話をする相手は教官に限られていたが、中にはどうしても取り繕った説明に終始する子がいたという。ところが、同じような経験をした仲間の前では素直に自分の過去を振りかえりやすいことがわかってきたという。仲間同士で話すことを自分の内面を見つめるきっかけにすることができるのかもしれない。

多摩少年院

最後に

 私が少年院に興味を持ったきっかけは、少年法に関して取材を行った際、自分の中にあった「少年院」に対するイメージと、実際に非行少年の更生に携わっている方たちの認識との差に驚いたことだった。

 私がお話を伺ったある少年司法に携わる方は、少年院の力をとても信頼していた。その方のお話を聞いて、私は今まで自分はただ漠然と「非行少年が集まって生活することは相互に悪影響を与えるのでは」「とても厳しい少年版の刑務所のようなところなのでは」などといった負のイメージばかりを持っていたこと、少年犯罪・少年司法に興味を持っていながら現在の日本の「矯正教育」の現場の正確な実情を全く知らなかったことに気が付いた。そこで、実際に自分で「少年院」という場所を訪れようと思ったのだ。

 しかし実際に訪ねて話を伺った今、私の中の「少年院」のイメージは、今までのそれと全く違ったものとなった。少年院は、断じて「少年版の刑務所」などではない。大人が真剣に少年と向き合い、様々な働きかけをすることで、少年を「育て直す」場所である。学校にしても家庭にしても、日本の社会全体が少年院のような環境だったら、非行少年も生まれないのではと感じた。

 少年院に来る、罪を犯した少年たち。彼らが「自分を見つめる」のは、普通の少年がそれをする何倍も難しく、そしてつらい。「生徒が困難な課題に立ち向かう時、それを支える職員はバンジージャンプのロープのようなものじゃないでしょうか」そう小山氏は言う。 現代の日本社会で問題を抱える子どもたちの多くは、この「ロープ」を持っていないのではないだろうか。親はもちろん、近所のおじさん・おばさんでもいい、先生でもいい。自分を支えてくれる「信頼関係」という名のロープを持ってくれる大人の存在が、子どもには必要なのだ。近年増加し凶悪化していると言われるわが国の少年犯罪。これを防止するのに必要なのは、厳罰ではなく子どもを取り巻くあたたかい人間関係なのではないだろうか。

多摩少年院 教育調査官 小山馨 氏