依存しないために私たちができることを考えてみた

記者:池田真彩 Maaya Ikeda (17)

私自身も悩んでいますが、ショート動画を見続けてて時間を無駄にしてしまう人は多いのではないでしょうか?「学生アイデアファクトリー2023」*で「ショート動画の依存性に対して操作の有無が与える影響の大きさについての研究」**について発表された広島大学 総合科学部 自然探求領域 物性科学授業科目群の井野嵩才さんにお話を伺いました。

*学生アイデアファクトリー: 大学生の独創的な研究アイデアを発掘し育成するプロジェクトで、2023年は宮城県松島でサマーキャンプを実施し、「会いに行ける科学者フェス」(東京・秋葉原UDX)でファイナルプレゼンテーションが開催されました。特定非営利活動法人日本科学振興協会が主催。

**参考資料:学生アイデアファクトリー2023・井野嵩才さん「
ショート動画の依存性に対して操作の有無が与える影響の大きさについての研究

なぜループするんだろう?

記者:学生ファクトリーで発表した内容と、その研究を行おうと思ったきっかけについて教えてください。

井野さん:研究を始めたきっかけは、初めてYouTubeでショート動画を見たときに「なぜループするんだろう?」と大きな疑問を持ったからです。YouTubeにはもともと自動再生機能がありますが、ショート動画の場合、あえてループさせて、次の動画にスワイプさせる操作が必要になります。最初は「ユーザーにとっては少し不便だな」と思っていたのですが、気づけば自分自身、違和感なく利用するようになり、むしろ依存してしまっていました。それで、「ループさせて、スワイプ」という操作を加えることが視聴時間を増やし、依存を促進する仕組みになっているのかもしれないと。

記者:なるほど。

井野さん:ショート動画を本当に見たくて見ているわけではなく、面白いと感じるのは最初の一、二本だけのことが多いです。それでも指を動かして次々と見続けてしまうのは、動画そのものではなく、システムが影響しているのではないかと感じました。そこで、この仕組みが視聴にどのように関係しているのかを調べたいと思うようになりました。

学生アイデアファクトリー2023で発表する井野さん(写真提供ご本人)

空間のメタファーとは

記者:井野さんの研究資料で、「空間のメタファー」という言葉を初めて耳にしたのですが、空間のメタファーとは何か教えていただけますか。

井野さん:空間のメタファーっていうのは、空間の中の「上」とか「下」に対して、別の概念のイメージが乗っかるとリンクするような状態のことを指しています。「cheer up (勇気付ける)」という言葉に「up」という上を示す表現が入ってるんですよね。これは、英語圏でもポジティブな状態を上の方向と表現するのが関係していて、実際に言語学の中でも指摘されてるそうです。このように、本来空間の中の方向と人間の感情は全く別のものであるはずなのに、空間のある位置付けの方向性が別の概念と繋がって認識されるようなことを空間のメタファーというそうです。

記者:面白いです。それで、空間のメタファーとショート動画のスワイプする動作の関係があるんじゃないかということですね。

井野さん:九州大学の山田祐樹先生の研究*では、画像を見せた後に点を上へドラッグするグループと下へドラッグするグループに分け、「その画像を7段階で評価してください」と尋ねました。その結果、上にドラッグしたグループは画像をポジティブに、下にドラッグしたグループはネガティブに評価する傾向がありました。山田先生から聞いた話を元に、操作の有無だけでなく、どのような操作をさせるかも、ドーパミンの分泌量に影響を与える可能性があるという仮説を立てて、私の研究の方向性の一つとしています。

*九州大学基幹教育院 自然科学実験系部門 准教授 山田祐樹先生の研究「Post-determined emotion: motor action retrospectively modulates emotional valence of visual images

記者:この空間のメタファーの話とショート動画を関連付けてみようって思ったことにびっくりしました。

井野さん:山田先生とショート動画について話をさせていただいた時に、「空間のメタファーがもしかしたら関係してるかも」とアイデアが出ました。でも先行研究は少なく、私もこの実験を実施できていません。心理学に関わる研究には、倫理審査というプロセスが必要です。このプロセスでは実験参加者の人権を損なっていないかの確認をする必要があります。例えば倫理的な実験手法となってるかとか、侵襲性はあるのかとか、簡単に自主研究はできないんです。

スマホ依存症とドーパミン

記者:スワイプするタイプの動画は、TikTok、Instagram、LINE、YouTube、Xにもあります。これらの普及に比例して、スマホ依存症になる人は増えていると思いますか。

井野さん:ショート動画がスマホに依存する人をどれほど増やすかについての具体的なデータはないのと、依存症を増加させるほどの影響力があるかどうかも不明です。ただ、一人ひとりのスクリーンタイムを伸ばすことには確実に影響を与えていると思います。

ここからは個人的な推測になりますけど、スクリーンタイムが増えることで、結果的に依存する人が増える可能性はあります。漫画アプリは最新話を見終われば終わりますが、ショート動画は次々と動画が表示され終わりがありません。視聴する行為が「面白いから」ではなく「システムに依存しているから」と考えられる。終わりのないコンテンツはスクリーンタイムを増加させ、依存する人の増加に繋がる可能性が高いと考えています。

記者: 私の場合、YouTubeショートが登場してから、以前に比べてアプリの視聴時間が大幅に増えてしまったんです。暇な時はついダラダラと見続けてしまいます。長編よりもショートの方がトータルの視聴時間が長くなってきています。

井野さん: これに関しては学術的な裏付けがあるというよりも、半分は私の個人的な感想なのですが、音楽の時間が短くなってきていることも関係しているのではないかと。10年ほど前のJ-POPは5分以上の長さが普通だったのに対し、最近流行っているYOASOBIの曲のように3分以下の曲が増えてきていますよね。

さらに、脳が感じる「報酬」の時間効率も影響していると考えます。テストや試合で得られる報酬は数ヶ月や数週間に1回ですが、ショート動画では数秒ごとにドーパミンが分泌される「ご褒美」があります。スワイプを続ければ短時間で何度も報酬を得られるため、1分以内にドーパミンが得られるショート動画の方が人を引き寄せる構造になっているかもしれません。

また、YouTubeの「視聴維持率データ」を見ると、30秒から1分で視聴者の約3分の2が離脱している動画も少なくありません。ショート動画の制限時間が60秒前後に設定されているのは、YouTube側も人間がドーパミンを得るのに最適な時間は1分以内だと判断しているのではないかと考えています。これを本当に1年とか2年とか、自分がスマホを使っている間のデータをずっと見られれば研究も進められるんですけど、そもそもそのデータは取り出せないようになってるんです。

井野嵩才さん(写真提供ご本人)

「やめなきゃ」という気持ちへ

記者:長く視聴させようという企業側の工夫に対抗するために、私達ができることはありますか。

井野さん: なるべく長く見てもらうためのアルゴリズムやおすすめ機能の精度など、企業側の改良がすごいから難しい。やはりスマホと完全に距離を置くことが最善だと思います。紹介したい本があって、「ファスト&スロー」*という本です。ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンが提唱している概念で、無意識にすぐ行う思考を「ファストな思考」と言うそうです。ショート動画を見続けてしまうのは、まさにこの「ファストな思考」によるものだと私は思ってて。だから、無意識でショート動画を見続けていることに自分で気づき、「スローな思考」で自分を客観視してみる。それが「やめなきゃ」という気持ちにつながると思います。

*「ファスト&スロー あなたの意思はどのように決まるか?」ハヤカワ文庫

記者: やめたい一方、YouTubeには便利な解説動画がたくさんあるので、テスト期間中もスマホを完全に手放せません。それから、つい他の動画も見てしまい・・・。

広島大学の井野嵩才さん(右)にオンライン取材

井野さん: 今の受験生にとって大きな課題ですよね。授業動画や、YouTubeの良い教材を活用しないわけにはいきませんし、スマホを完全に排除するのが正解とは限りませんしね。解説動画や写真で知識を深められるのは確実にプラスですが、スマホとの付き合い方が非常に難しい時代だと思います。

本当にこの動画を見たい?
記者:TikTokのタイマー機能やInstagramのスリープモードは、スマホ依存対策として効果があると思いますか?

井野さん: 今の機能は、少なくとも私の場合はあまり効果がなかったですね。たとえアラームや時間制限を設定しても、「今回は無視」を押してしまうことが多くて。何度も「無視」を押していると、それ自体が習慣化してしまうんです。無意識のうちに「無視」を押すという・・・。

時間制限系の機能には、もう少し工夫が必要だと思います。私が使っている時間制限アプリでは、「無視」ボタンを押すまでに20秒くらい待たされるんです。また、延長ボタンは1分、5分、15分の3択があり、ボタンの位置も毎回ランダムに変わります。これにより、無意識でボタンを押す前に一度考える時間が与えられ、「待つくらいならやめようか」という気持ちになりやすいんです。こうした工夫があることで、「自分は今、本当にこの動画を見たいのか?」と客観的に自分を見つめ直すきっかけを作ることができます。

記者: 最後に、ショート動画の長時間視聴を防ぐために、この研究の仮説で実験してみたい機能やアイデアがあれば教えてください。井野さん: 試してみたいのは、動画が終わったときに自動で次の動画が流れず、一度止まる仕組みです。これで視聴時間が減るか検証したいと思っています。また、スワイプ操作の方向を逆にしたり、タップ操作に変えるなど、さまざまな条件を試し、何が視聴時間を減らす最も効果的なのか、さまざまな条件で試してみたいです。


取材後記: 私のちょっとした悩みを深掘りすることで、ここまで学問的な話に発展することに驚きました。脳の機能と関連しているからこそ、簡単にやめられるものではないと改めて実感しました。今回のテーマは誰にでも身近な悩みということもあり、井野さんのお話を共感しながらお聞きすることができて楽しかったです。また、iPadやパソコンなど、大きなデジタル機器だとショート動画をなかなか視聴しないということもわかり、さらにこの話題に興味を持ちました。この取材で伺ったことを活かし、「本当にこの動画を見たいのか」と自分に問いかけることで、視聴時間を自分で制御できるようにしたいです。

自己紹介: 女子校に通う高校2年生。自分の興味を持ったことをとことん突き詰めるのが大好きだ。極端な性格なため偏った考えを持ちがちだが、記者の活動を通していろんなお話を聞いて、視野を広げていければいいなと思っている。文章を書くのには慣れていなくて、今は少しずつでも書いてみようと思って色々なことに挑戦している。自分の興味や疑問にちょっとでも「へぇー!」と思ってくれる人がいたらいいなと思う。


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